Essay

<収録後記(6月23日)―Cyberchat>

放送日  6月23日日曜日 テレビ東京午前9時、日経サテライトニュース午後5時

ゲスト  伊藤忠商事 食糧部門主席アナリスト 江藤隆司氏

 ここに来て、上げ一方の激しい相場展開は一巡した印象がします。しかし、穀物(小麦、トウモロコシ、大豆など)相場の史上最高値レベルでの乱高下は続いており、

  「今後の世界経済にとって一番問題となる原材料はかつての“石油”から“穀物”になったのかもしれ 
 ない」

 という懸念は残りました。今回の番組の狙いは、この上がった相場の背景、当面の見通し、「危機」と言われるものをどう考えたら良いのかを少しでも明らかにすることでした。

 江藤さんが最初から用意してくれた結論は二点でした。

  1. 穀物価格の上昇は当面続く
  2. アメリカで向こう3年間豊作が続いて需給は落ち着くだろう

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  穀物相場がなぜここに来て急激上がって、その背景はどこにあるのか。番組では二つの点にポイントを当てました。一つは、供給面。特にバッファー(在庫)の枯渇。日経が24日の本紙から始めた特集「穀物危機説の深層」の(上)にも出ていますし、番組でもフリップに示しましたが、とにかく世界の米櫃であるアメリカには穀物在庫がない。バッファーがないと、何でもそうですが、相場の調節は効きません。多少の強材料で急騰する。

 為替市場にだって、日本やアメリカ、ドイツの通貨当局がもつ介入原資があって、これが何となくスタビライザーになっている。実は恐ろしいことに人間の生活にもっとも重要な食糧のバッファーの保有者はアメリカの農家だったり、穀物商社だったりする。ここの在庫がこの数年下がり続けている。

 在庫が減少する理由は二つしかありません。補填がうまくいっていないか、売れるペースが速いのか。生産(補填サイド)はこのところ確かに不調でした。しかし、注目されているのは、需要面です。人口が急増しているアジアで経済成長が起こり、消費者の購買力が急速に高まったこと。人口が増えていると言えばアフリカだって。しかし、今の食糧価格の高騰で「アフリカの人口増加」を挙げる専門家はいない。

 実は、アジアの消費者が今までに比べて穀物を2倍も3倍も食べるようになったのではありません。食生活習慣の変化が問題なのです。私もこの番組で初めて知ったのですが、穀物サイドから見た「迂回再生産品」としての「牛肉」の存在が大きい。実は「牛肉」は、飼料穀物の変わり果てた姿なのだそうです。豊かになれば、人間は「牛肉」を食べる。

 鶏肉を1キロ生産するのに必要な飼料穀物の量は2キロ
 牛肉を1キロ生産するのに必要な飼料穀物の量は、実に「7キロ」

 同じ1キロの肉を生産するのに、牛には鶏に対して3.5倍の飼料穀物を食べさせる必要があるというのです。アジアの億単位の消費者が食習慣を「鶏肉→牛肉」に少し変えただけで世界の飼料穀物需給がいかに変化するか想像がつこうというもの。

 番組の中では紹介できなかったのですが、打ち合わせの中で江藤さんは面白い話を紹介してくれました。中国は「食習慣の変化」の中で急速にトウモロコシ輸入国になった(同国はつい最近まで1000万トン強の輸出国だった)ものの、ソ連は経済混乱の中で消費者が牛肉の消費を落としたために、飼料穀物の輸入国リストから消えた、というのです。それほど違う。

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  「穀物価格の上昇は当面続く」という江藤さんの予想はこうした背景を受けたものです。ただし、江藤さんは今年の春のような上げ一辺倒の相場が続くと言っているわけではない。価格上昇による「DEMAND RATIONING」(需要抑制)も起きているし、基調は上げだが、波乱もあるとの見方とお見受けしました。

 米櫃の補填の方はどうでしょうか。江藤さんは「今後3年豊作が続けば」安定するとおっしゃり、私より商品に詳しい中山氏は、「3年連続の豊作はありえない」とおっしゃる。そうかもしれない。表土流出、砂漠の拡大、番組の冒頭で紹介した二酸化炭素増大が続いた場合の地球温暖化による生産減少(特にアジアでの)、遺伝子工学の限界....などなど明るい話題はあまりない。50億をはるかに越え、まもなく100億に達するという人口の数だけ聞いても、おそれおののいてしまう。また最近読んだ本によれば、人類は既に地球の正味生産量(太陽から得るエネルギーの正味量)の4割を専有しているという。ちょっと「行き過ぎ」の感がないでもない。この上に、人類全体が「牛肉」なんぞを食べて良いものかどうか.....?(これはちょい考え過ぎですかな)

 「人類」にとって極めて大事な「食糧」がアメリカという一つの国の、しかも「中西部の天候」というものに左右されるというのも考えて見ればなさけない話です。穀物相場をやっている人は、「天気」との格闘。結構大変でしょうね。江藤さんによれば、オーストラリアもカナダも穀物生産国としてはアメリカの足下に及んでいないそうです。

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  しかし、発想を逆転させれば、例えば先進国、NIESなどの諸国の消費者が年間例えば5キロでも「牛肉」の消費を減退させれば、世界の飼料穀物需給は大きく緩和するということです。それが実際に「DEMAND RATIOING」として起きるかどうかは、単なる想像ではなく相場を考える上でも重要な要因でしょう。実はここが難しいのですが、短期的な「DEMAND RATIONING」は牛肉価格の低下をもたらします。なぜなら牛の処分が増えますから、牛肉の供給が増える。そのあと、つまり牛の数が少なくなった後に牛肉価格の上昇が始まります。それで消費者がどのくらい「牛肉」消費を減らすのか。

 よく知りませんが、「牛肉」だけではないと思います。われわれが何気なく食べている食品で膨大な穀物を使って生産されているもの。そういうものの需要が減退すれば、まだ地球はかなりの数の人類を養っていける気もする。(だからといって、増えて良いと言っているわけではありません)

 一つ心配になるのは、「穀物相場の急騰」が実際に発生したが故に、周りが騒ぎ出して危機を煽っている危険性もあるのではないか、という点です。「穀物相場の急騰」をもたらしたのは行き場を失ったヘッジファンドの資金かもしれない。

 しかし、あらゆる相場はそうなる方向性を市場が基本的にもっていないと、多少の資金の流入では踊りません。今の穀物相場に「踊り」の面が全くないとはいえず、その点は注意しなければならないのは確かですが、ここ当面は穀物市場が「踊れる場」を提供してくれていることだけは間違いないようです。

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  よっしゃ、毎週日曜日の昼に子供と行っていた「マクドナルド」を「ケンタッキー」にチェンジし、トウモロコシをショートにするか......→VRMコーナー参照....!

                                        (ycaster 96/06/23)