Essay

<収録後記(6月30日)―Cyberchat>

放送  6月30日(日) テレビ東京朝9時、日経サテライトニュース午後5時

ゲスト 藤井 和雄・日短エクスコ代表取締役社長

 私自身が職場を得ている市場だけに、東京外国為替市場の変貌ぶりは身にしみて感じています。スポット為替を取り扱っていたブローカーの戦線縮小、それに伴う人員整理の動き、一部業務の海外への展開。円高の時に「製造業」で叫ばれた「空洞化」が為替市場、ひいては日本の金融市場全体を襲っている印象がひしひし。そこで、今回の番組は東京銀行出身で80年代の後半には「日本フォレックス・クラブ」の会長までつとめられた藤井 和雄・日短エクスコ社長をお招きし、市場の現状と直面すると問題点を摘出し、何をどう直すべきかを取り上げました。

 番組はまず二つのフリップを用意しました。

  1. 世界三大為替市場(ロンドン、ニューヨーク、東京)のシェア推移(%) 

            89年4月    92年4月    95年4月
    ロンドン      44.9        50.3        53.4
    ニューヨーク     28.1       28.9        28.1
    東京        27.0       20.8        18.5

  1. 香港、シンガポール市場の追い上げ(東京を100とした指標)

           89年4月    92年4月    95年4月
    東京       100         100         100
    香港+SP     94        111        121

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  この二つの表で明らかなのは、「ロンドン、ニューヨークには離され、シンガポールや香港には迫られる」東京市場の実体です。何が、東京市場の成長の劣後の原因か。藤井さんが番組の中で取り上げたのは、次のようなものです。

1)東京市場のローカル化・ローテク化
2)競争条件の悪化

  • 高いコスト(人件費、オフィス維持費用、通信など各種コスト)
  • 制度上の課題(税制、各種規制)

 自らも働く市場について、「ローテク化」「ローカル化」という言葉が発せられること自体、随分と残念なことです。しかし、

 「ローテク化」とは、「自ら金融新商品を開発できない追随型市場」を指し
 「ローカル化」とは、「自国通貨である円以外の取引を実質的にはできない市場」を指す

 といわれたら、それは「東京市場」であると認めざるを得ません。日本の金融機関は、先端の金融商品のプライシングについてはしばしば米系のインベストメント・バンクにカバーを取ってしか顧客に提供できていません。そもそも、新種金融商品が東京から生まれたことはほとんどない。つまり借りてきているだけなのです。とても「ハイテク」とは言えない。東京市場で取り引きできる通貨がむしろ最近減少してきて、ドル・円以外は流動性が落ちてきていることを考えれば、「ローカル化」も否定しようもありません。

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  こうした悲惨な事態を招いている要因の大きな部分は、「高いコスト」(人件費、オフィス維持費用、通信など各種コスト)であり、「制度上の課題」(税制、各種規制、人事制度)です。例えば、東京市場で「内-内」で為替取引をすると3%の消費税がかかってきますが、こうした税はシンガポールやニューヨーク州マンハッタンでは免除されており、ロンドンは建前は課税ですが、実際には還付がありゼロです。消費税が5%になれば、それだけで東京外国為替市場の取引制約要因となります。オフィスの高さ、通信費の高さ、所得税の高さも良く指摘されるところです。むろん、英語能力の問題もあります。

 世界の主要市場が、「市場間競争」「制度間競争」を展開しているときに、国内的論理だけで課税することで国際的な競争に晒されている市場がどのくらい大きな打撃を受けるかは言うまでもありません。「内-外」の為替取引に対する例えば5%の消費税課税などは、東京市場の魅力を著しく低下させるでしょう。

 むろん、金融機関自体がその責任を負わざるを得ない部分も大きいと思います。プロ育成意識の低さ、才能を大事にしない横並び主義、人事システムの硬直化など。当局に何でもお伺いを立てるのも、良くない。しかし、現状では何よりも東京市場は「制度間競争」で敗北しつつあるように見える。その結果は、世界のお金、物資、人の流れからの置き去り、それに伴う「ローカル化」である。こうした問題は、端的には今の外国為替市場で起きてはいるものの、日本の金融市場全体、ひいては日本経済全体が直面している問題である。

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  東京外国為替市場が直面する大きな問題は、実はもう一つある。それはコンピューター化に伴う商い形式の大幅な変化と、それに伴う雇用減少問題。東京外国為替市場に電子ブローキング(人を介さず、コンピューター上で出会いを付けていく取引)が登場したのは1993年。1990年に年間5兆3200億ドルあったスポット取引高が3兆6000億ドルに減少した年だ。その時の電子ブローキングの取扱高は、1100億ドル。わずか全体の3%。

 しかし、この電子ブローキングはその後急速にシェアを伸ばす。クレジット管理が容易、ブローカレッジ(取り扱い手数料)が人(ボイス)を通す取引より半分以下と安い、オーダーの執行が公平でコンファーメーションも容易―――などを背景とするもの。94年(取引高 3兆6400億ドル)にはシェア15%に、1995年(同4兆1300億ドル)には41%に、そして今年のもっとも新しい月間シェアは54%に達している。つまり、東京外国為替市場の出会いの半分以上は、「ブローカーさん」と呼ばれた「人」を介さない電子取引となっているのである。その結果は、いわゆるボイス・ブローカーと言われる会社の苦境であり、従来東京外国為替市場は「8社体制」だったものが、現在は実質「3社体制」になっている。当然、雇用も減少している。

 コンピューター化は、日本の他の業界では80年代の後半から進んでいる。金融市場には遅れてきたと言える。しかし、その影響は足早である。この電子ブローキングのシェア増大がどこまで続くかについては議論がある。「6割」で止まるという説もあるが、シンガポールのマルク取引などは既に75%が電子ブローキング経由になっている。

 この外為取引の電子化は、一見東京市場の空洞化とは関係ない話のように見える。電子化はどこの業界でも進展しているからだ。しかし、実はスポット為替取引における電子ブローキングの割合は東京よりロンドンやニューヨークの方が少ないと見られている。東京のコストが高いが故に、割安な電子ブローキングが急速に伸びたとも言えそうだ。あとは、市場で取り引きされる通貨の多様性の問題。東京は少ないから、電ブロがシェアを伸ばしやすい。電子ブローキングの急速な伸びには懸念もある。流動性の低下などで、この点に関してはニューヨーク連銀も調査を始めたと言われる。

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  「産業の空洞化」というと自動車会社の海外展開や家電・半導体メーカーの海外進出ばかりが取り上げられてきた。しかし、実はここ2~3年で急速に進展しているのは東京の金融市場の「空洞化」である。東京市場の参加者に負荷されている不平等な制度的、慣習的な重しがとれて、金融機関自身も競争体質を整え、世界の三大市場として健全に育って欲しいものである。世界で通用する市場になって初めて、資金、モノの流れが日本を通り、雇用と所得が創造される。

 今回の番組を収録して思ったのは、本来東京は、

  1. 世界第二位のGNPを抱える大きな国内経済
  2. 世界的企業が多く本拠を置く環境
  3. 割高だが整ったインフラストラクチャー

 など他のアジア市場にはない大きなメリットがある。フランクフルトが遥かに大きな経済をバックグラウンドにしながら、ロンドンにほとんどの取引を持って行かれていることを考えれば、こうしたメリットが絶対的な力になりえないことは明らかである。

 行政、および金融機関自身の努力によって、「今後も世界でも冠たる市場であり続ける」にはかなり努力が必要そうだ。

 藤井社長の言葉で最後に印象に残ったのは、「日本では、全体を見ている人がいない」というものでした。一つ一つの問題には担当が居て、プロがいる。しかし、ある一つの大きな問題を全体的に見ている人がいない。本当にそうだと思います。                                                   (ycaster 96/06/30)