Essay

<収録後記(7月21日)―Cyberchat>

放映=7月21日(日曜日)テレビ東京午前9時、日経サテライトニュース午後5時
ゲスト=澤上 篤人・さわかみ投資顧問社長(前ピクテ日本代表)

 このテーマは今後何度となく取り上げられるだろう。冷戦前の「先進国中心の10億人の世界市場経済」から「50億人の世界市場経済」が始まった。この過程でいつかは「インフレ」が発生するはずだ.......というテーマ。

 澤上さんはそれを「絶対的な需要」という言葉で表現された。人間は皆いい暮らしをしたい。一度上がった生活水準は落とさない。だから世界経済のスパンが広がって、いい暮らしをする人間の数が増えればあらゆるモノに対する需要は増えて、それがモノの価格を押し上げる、と。

 確かにアジアを中心に、「いい暮らし」をする連中の数は増えている。だから「需要が増大している」というのはウソではない。その影響が最初に現れたのが今年これまでの穀物相場だったとしたら、こうした商品に対する需要の波は広がる可能性がある。この次は何かの問いに、澤上さんは「原油」とお答えになった。そして、金にも遅行的にチャンスがあると。

 しかし、需要の拡大には、時間差が存在することも確か。中国の鄧小平も「豊かになれる者から」といって、格差の存在を正当化した。世界中のエコノミストには苦い思い出があるはずだ。冷静の終結を見て、大勢のエコノミストは東ドイツからも、東欧からも、そしてアジアからも開発投資の資金需要が生まれ、世界の金利は上昇するはずだと主張した。実際に起きたのは、90年代これまでを通じての金利の低下でした。そして、それを説明するためにエコノミストらが使ったのは、「潜在需要」「実効需要」の考え。前者はあったが、後者は少なかったと。かつ、先進国の資金の需給の奥行きからすれば、途上国、新興市場経済国の資金需要はそれほど大きなインパクトをもてる存在ではないとも。

 モノの世界で実際にどのくらい「実効需要」が出ているか、そして今後出てくるかは難しい問題です。今年の穀物のように供給不足と需要の伸びが重なれば価格は伸びる。しかし、原油のように価格が低迷したままのものも多い。澤上さんは、「長い目で」とおっしゃる。しかし、日本の機関投資家の多くのように、せいぜい半年の「期間損益」に縛られているところでは、そんな長い目で見れないことも確かだ。

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  市場経済のスパンの拡大は、一方で世界的な市場経済に投入される労働者の平均賃金の大幅な低下をもたらした。実は、1990年代の世界的なディスインフレの最大の原因はこれだったと思われている。一定の時間を置きながら、安い労働力は次々に市場経済に投入されている。この面からは、世界経済が70年代のような「インフレ」に戻るようなことはないような気がする。

 加えて著しい技術革新。番組の中で私は、「世界で一番売れているモノの価格が下がっている現実」を指摘。具体的にはパソコンを指したのだが、これはひとえに技術の著しい進歩のおかげである。コスト・パフォーマンスという点ではそれは著しいものである。「パソコンがたくさん売れれば、やはり原材料需要が増える」と澤上さんはおっしゃる。確かにそうだが、より少ないシリコンでより多くの情報が保持できるような時代には、モノの値段が直ちに上がるかというと難しいような気もする。

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  筆者の考えは、実はまだ「インフレは局地戦」ではないのか、というものである。澤上さんの警告はよく分かるし、穀物相場がその最初の表象だというのも事実のような気がする。しかし、例えば今回の穀物相場の著しい上昇にもかかわらず、小売り段階の食料品が大幅に値上がりしたとは聞いていない。バッファーが効いているのだ。

 むろん、世界の金融市場の動揺ぶりを見ると、「そろそろ曲がり角では」と市場全体が思い始めていることは確かである。日本でもアメリカでも債券相場は曲がり角にある。私のような市場関係者が一番気にしている点である。

 澤上さんは実は、ついこの間ピクテにおさらばしたばかり。新しい会社を起こすのは、「エキサイティングだ」とおっしゃる。日本にまた新しい会社が生まれようとしている。内部で見ていて、日本の機関投資家は図体が大きすぎると思う。資金の流れが速い時代に、これでは動きが取れない。かつ、「機関損益」に左右される過ぎる。ピクテを出た澤上さんがどのような運用をし、その結果がどう出るかは楽しみだ。
                             (ycaster 96/07/21)