Essay

韓国経済事情 IMF時代到来

1998年2月18日

第一生命経済研究所 経済調査部

主任研究員 河野龍太郎

 

2月8日~11日の4日間、韓国を訪問しました。以下、現地でのヒアリングをご紹介します。なお、分析等を交えたレポートについては、東洋経済新報社から出版予定(5月)の「(仮題)アジア金融危機(ワイス為替研究会編)」に掲載予定であり、原稿が完成次第ご報告したいと思います。

 

  • 「これまでは、一流大学を出て一流企業に就職すれば人生安泰であった。しかしこれからは、一流企業に就職しても先行きどうなるかわからない。このため個人個人が実力を磨かなければならない。」。もちろん韓国での話である。韓国では、これまでと全く違う新しい時代=「IMF時代」に入ったと皆が強く認識している。

 

  • 韓国で生じた現象は、典型的な通貨危機である。①経常赤字がファイナンス不可能なほど拡大し、②通貨切り下げは不可避との思惑が広がり、その結果実際に資本逃避が生じて自己実現的に通貨暴落が生じた。通貨危機が生じる前には、高い期待成長率を背景に、海外から強い資本流入圧力が生じ(これがウォンの上昇圧力となり)、結果的に経常赤字が拡大した(なお、通貨危機の一般ケースについては、付論参照のこと)。そして一度危機が生じると、金融市場の脆弱性、危機前に生じたバブルとその崩壊等が複合的に景気縮小圧力として働くのである。

 

  • こうした意味では、発展途上国における通貨危機の予防策として、短期資本の動向を監視すべきとの欧米の主流派経済学者の提案にはうなずける。マーケットが人為よりも望ましい結果を生むとしても、マーケットでは行き過ぎも生じる。特に、資本自由化が行われたばかりのマーケットでは、ブームとその崩壊が生じ易い。

 

  • しかし、訪問先の多くは、筆者のこうした見方を強く否定する。「通貨危機はきっかけに過ぎず、韓国における構造的問題が表面化したため、事態がここまで悪化した」と反論する。もちろん、経済が健全であれば、金融危機は起こりはしない。通貨危機は、実体経済、金融市場の行き過ぎだけでなく、金融市場や社会システムなどの脆弱性が組み合わさって生じるものである。

 

  • 筆者の訪韓時は、対外的な短期債務のリスケジュールが合意され、デフォルトが回避されたという意味で、韓国経済が最悪シナリオを脱した局面であった。このため、ほとんどの訪問先で楽観論が聞かれた。大幅な株価の反発(ボトムから約50%上昇)が、そうした楽観論を象徴していたといえる。現在は、インドネシアのドル・ペッグ制への復帰を巡り、再びアジア各国の市場は動揺を見せている。

 

  • 筆者の聞いた楽観論は次のようなものである。「98年はゼロ成長、99年は2-3%成長、2000年に潜在成長率である5-6%程度まで回復する」といった見方である。わずか3年にして経済が潜在成長経路に戻ると言った見方は、極めて楽観的であると評価せざる得ない。日本はバブル崩壊後7年の低成長を続けているのである(95年96年の高い成長は、景気刺激的な財政政策のおかげである)。

 

  • もちろん、楽観論であっても、「今年は実体経済が急激に悪化していく」ことはコンセンサスである。財閥の多くはフルセット型で、全ての産業を支配下に置いている。「効率経営のためには、得意な産業に資源を投入する必要があり、不得意な産業は切り捨てなければならない」。これはIMFの支援条件でもある。このため、「産業界における広範囲なリストラが生じ、失業率の大幅上昇は避けられない」のである。「リストラで社会的不安が高まれば、経済構造改革が挫折するリスクはある。現在はIMFの提示する苦い薬を国民は飲む気でいるが、失業率の上昇など実体悪が現実に現れてくれば、改革への反動が生まれる」のは想像に難くない。こうしたリスクについては、ほとんど全員が指摘していた。このため、楽観論であっても正確には「慎重な楽観論」と言うべきかもしれない。

 

  • 韓国の社会問題とは何か。「これまでの社会システムが制度疲労を起こし、グローバル経済のもとではもはや立ち行かなくなってしまった」。「企業の不透明な(無責任な)意思決定」、「企業と政府の不透明な関係」等々。どこかで、聞いたような話である。筆者は日本型社会システムもしくは東アジア型社会システムの敗北といった論調に必ずしも同調するわけではないのだが。

 

  • 実体経済に構造問題を抱えているのであれば(多くの面談者はそう指摘した)、事態は深刻なはずである。構造問題の解決には時間がかかるはずなのに、なぜ皆楽観的なのか。これは、「構造問題の多くがIMFの監督のもとで、透明な手続きを経て改革される可能性が高い」ためである。構造問題はこれまでも指摘されていた。いずれ取り除かなければならないものであった。しかし、「財閥など既得権益の力が強く、これまでは除去不可能であった」との指摘が多い。多くのエコノミストは、「IMF主導の改革は望ましいものであり、日本よりも早く改革が進む」と主張する。

 

  • (少数であったが)悲観論者は、実体経済面での悪化を重視する。「デフォルトという最悪のシナリオが避けられたとしても、今後成長率が大幅に減速し、倒産、失業が増加する。実体経済が悪化すれば、政治的な危機も増す。このため、現在の株式市場の上昇はあまりに、行き過ぎである」と指摘する。「通貨危機は今年前半まで続くし、1999年まではクレジット・クランチが続くため、回復が始まるのはようやく2000年以降」、だそうである。

 

  • 筆者もこうした見方に賛成である。IMFの支援条件に対しては、「あまりに緊縮的(景気縮小的)である」との見方は強いが、これは銀行危機が生じているにもかかわらず、IMFの支援条件で中央銀行が限られた貨幣の供給しかできないためである。銀行危機は、流動性不足、信用収縮が生じることを意味し、実体経済に対して大きな縮小圧力がかかる(現在日本で、日銀が資金供給できないとすると何が生じるだろうか)。クレジット・クランチが深刻化すれば、景気回復は全く期待できないはずである(ただ、今後金融面でのIMFの条件は徐々に緩和される)。さらに、構造改革が可能であるとしても、非常に大きな痛みを伴なう。深い景気の落ち込みになるのは避けられないし、反対も大きいはずである。

 

  • 通貨危機、銀行危機は、社会システムにおける経済主体間の信頼性(コンフィデンス)が崩壊する異常事態である。こうした局面では、特に資産市場のセンチメントは、極端な楽観論、極端な悲観論の間を揺れ動く。一本調子で景気の回復も期待できないため、今後もマーケットではセンチメントが大きく振れ動く可能性が高い。

 

  • 96年5月頃、通貨当局は経常赤字を拡大させるウォン高を和らげるために、財閥各社に対して、対外投資を奨励した。各社はインドネシア、タイ、ロシアなどに実物投資、ポートフォリオ投資を進めたそうである。もちろんこれが、東南アジアで生じた通貨危機が韓国に伝播した要因になったことは、想像に難くない。通貨当局の指導が事態を悪化させたのである。

 

 

付論 通貨危機の一般ケース                      

 

 発展途上国で通貨危機が生じるのは、対外ポジションが悪化するためである。経常赤字をファイナンスするための資本流入の継続が困難になるのである。一般に、発展途上国では、韓国などがそうであったように、為替安定のために、ドルなどのハード・カレンシーに対してペッグ制などを敷いている。ペッグが可能なのは、ハード・カレンシーとの交換を担保する十分な外貨準備があるからに他ならない。

通常、通貨危機が生じる前には、海外から過度の資本流入が生じるケースが多い。当該国の期待成長が高まり、先進国の機関投資家たちが積極的に株式等へ投資を行なうためである。韓国などのケースでは、日本を始め多くの先進国金融機関が融資を行なった。この資本流入の拡大は、実物経済面では輸入拡大のためのファイナンスが可能であることを意味する。資本流入圧力が高まると、自国通貨買い圧力が生じる。厳格なペッグ制を敷く場合、通貨当局は自国通貨売りを行なうが、短期金融市場に自国通貨資金を放出するため、これは金融緩和の実施と同じである(韓国の場合、こうしたウォン高を回避するために、当局の指導で、対外投資を盛んに行なった。投資対象国はインドネシアやタイ、ロシアなどであり、こうした投資がタイなどでの通貨危機を韓国に伝播させる一つの要因になった)。すでに景気が拡大傾向にあれば、景気過熱リスクを生じさせることになる。国内物価が上昇するため、名目為替レートが固定されていても、実質ベースの為替レートは上昇することになる。この結果、輸出競争力は低下し、対外ポジションは悪化する。

 そしてある時、対外ポジションの悪化を材料にマーケットが当該国の通貨を売り始める(対外的な銀行借入れが多い場合、そのほとんどがドルなどの外貨建てであるため、自国通貨の下落は、債務を膨張させることになり、それが通貨売りを加速させることになる)。これまでの好循環が悪循環に変わるのである。資本流出圧力が高まるが、通貨防衛のために、外貨準備はすぐに底を突く。外貨準備が減少してくれば、資本逃避は更に加速する。事態が悪化すると、国際機関や先進国からの支援融資だけが頼みの綱となるのである。

 金融当局は、自国通貨防衛のために政策金利も引き上げる。こうした金融引締めや自国通貨買い介入による流動性の縮小の結果、国内経済が急激に悪化するのである。さらに、通貨危機の直前には海外からの資本流入などで国内の資産市場ではブーム(場合によってはバブル)が生じている。このため、金利引き上げがブームやバブルを破裂させ、金融セクターで不良債権問題が発生することが多い。財政赤字が大きい場合は、海外の投資家の信認を回復するために、緊縮財政措置が採られるが、これが国内経済をさらに悪化させる(韓国では、この財政赤字は問題ではなかった)。

 通貨危機を収束させるためには、対外ポジションを改善する以外に方法はない。一般に、通貨切り下げは対外ポジションの改善につながる。しかし、通貨切り下げが対外ポジションを改善させるまでには、かなり時間がかかるし、安易に通貨切り下げを行なうと、発展途上国の場合、対外的な信用を失いその後の資本輸入が困難になる。発展途上国では、景気を悪化させ輸入を減少させる形で対外ポジションを改善するしかないのである。IMFの支援条件も明らかに不況政策以外の何者でも無い。