Essay

<不祥事防止の一つの指標-Cyberchat>

 1998年の1月28日に、日本の官庁がらみの様々な不祥事から検討されている「公務員倫理法」に関連して、筆者は以下のような文章をdiaryに書きました。抽象的な議論をしているより、一つ具体的な数字を挙げて、それを目安に「倫理を運用」してみたらどうだろうか、たまたまアメリカにはこういう方式があるそうだから.....という気持ちでした。その時の文章は以下の通りです。

 これは伝聞ですから本当かどうか知りませんし、ニューヨークのウォール・ストリート近辺に勤めている人に聞いた方が良いのかもしれませんが、マンハッタンのあの南端の地域のレストランにはメニューに「19ドル××セント」といった料理が多いのだそうです。そしてその解説としては、銀行や証券の連中がニューヨークFEDの連中と食事をする時に、銀行や証券サイドがもつとしても FED の内部コードに引っかからない食事代の一線が「20ドル」であり、レストラン・サイドはそれをよく知っていて、20ドルちょい下メニューが多いというもの。ニューヨークに住んでおらる方、Is that true ?

 20ドルね。今だと円貨で2500円。ウーン、なかなか面白い線だと思います。「常識の範囲」としては。アメリカ人にとってはかなり高い食事代でしょう(あいつらよく昼飯はサンドイッチをほうばっている)。日本人の感覚としては、私の直観だと「3500円」くらいでしょうか。情けない話ですが、「常識の範囲」なんて抽象的な事を言っていないで、具体的にこうした金額を決めるのも方法ですね(本当にFEDがそうした内部コードを持っているかは知りませんが....)。

 公務員倫理法というのが検討されている。例えばそこに、「公務員はその職務に関連して、民間の人間と食事をする時はその料金は一回3500円を上回ってはならない」といった規定を設けたらどうなるか。これは結構面白い設定です。ははな、大混乱でしょうな、最初は。日本中の接待レストランで34××円メニューが出来るのです。むろん、「女性付き」なんてのもなくなる。「ノーパン ?」「no」「no」というわけです。そしてそれは当初は、景気にとってマイナスになる。

 しかししばらくすると、「役職による食事」が減少しますから、レストラン、料亭は「個人」をものすごく大事にするようになるでしょうね。そのためには、「味」と「サービス」が重要になる。これは良い兆しです。名前だけでまずい飯を食わしても高い金を取れる店が少なくなるわけです。接待によく使われる店も知っていますが、大体があまり記憶に残らない。かつメニューに変化がない。またこれか、と思うような順序で出てくる料理が多い。まあそういうレストランは消えるのです。そして味とサービスを多様化させた割安なレストランがいっぱいできる。個人でカネのある奴は、2万円でも3万円でもの食事をすればよし。カネがなくなったら安い、がしかしそこそこいける食事をするもよし....。

 なかなかいいですね。眉に皺を寄せて難しい議論をしているよりも、一度そういう規定を法律に盛り込んだらどうでしょうか。日本語は言語そのものとして曖昧だから、抽象的な規定ではないに等しくなる。日本の検察も曖昧な日本語の法律に、今一生懸命「判例」を積み上げる努力をしているのかもしれない。それにしても、今の日本での議論を見ていて、何かもっと具体的な物差しが欲しい気がするのですが.....。

  この文章に関しては、いろいろな方から関連情報のメールをいただきました。これらの情報は十分に今後の議論の土台になると思います。まずメールをもらった順にその内容を掲載します。
吉崎さんからのメール

 いつも楽しく読ませてもらっております。本日の分についてひとこと。マンハッタンのことはよく存じませんが、ワシントンは完全にそうなっておりまして、19ドル50セントのランチが花盛りだそうです。これが導入された当初は有名高級店がバタバタつぶれたそうでありますが、今では定着したとか。どうやらチップと消費税で20ドルを超える分は構わないようです。この公務員倫理規定は、米国大使館職員にも適用されているはずですが、日本円でいくらになるかは寡聞にして存じません。以上、ご参考まで。

  次に田井中さんは企業の経理を見ている見地から以下のようにメールされて来ました。
田井中さんのメール

  税務上損金不算入となる交際費、われわれ経理マンにとって、その管理・認定区分は悩ましいところですが、食事・手土産の場合の限度額は、一般的にいって3000円程度という不文律があるようです。

 交際費か雑費かは、社内承認手続きにおいても厳格に区分されます。役人相手に交際費伝票はきれない(交際費の場合、接待先の明記が必要。)ので、結果的に食事等の場合でも3000円を越えないよう気をつけます。もちろん飲酒は御法度です。

 工場での1円1銭のコストダウン努力の前では、使途不明金など許す余地が無い、そういうメーカー気質を、時にうっとうしく感じましたが、それが常識として身についてしまっていることを、今では誇りに思います。

  この問題に関して一番詳しい情報を送ってくれたのは、「国際通信の会社で働いている」という吉澤さんです。このメール情報は特に詳しい。
吉澤さんのメール

 伊藤様 初めて、メールさせていただきます。数ヶ月前から、時々貴ホームページを訪れ、楽しませていただいている吉澤 生雄と申します。

 国際通信の会社で働き始めてから22年めに入り、現在は在日米軍と防衛庁の軍隊関係の営業を指揮している中年サラリーマンです。28日付けのお話の中で20ドルの交際費についてお書きになっていましたが、職業柄、多少の知識はありますのでご参考までにお知らせいたします。

 私の手元には、犯罪捜査局からいただいた STADARDS OF ETHICAL CONDUCT FOR EMPLOYEES OF THE EXECUTIVE BRANCHという冊子のコピーがあります。1992年の8月版なので、その後多少の改定があったかもしれません。この冊子は78ページにわたって倫理規定が、具体的に違反となる典型的な事例もとともに記載されています。規定そのものはほかで制定されているらしく、いわば公務員用の解説版です。

 この冊子のポイントは、利害関係の無い人から受けられる額は一回あたり$20、また、年間の総合計が$50を超えてはいけないという内容です。たとえば、職務が忙しために、昼食時間を割いて ある会社の営業員に対応したとします。この営業員が、折角の昼食時間を割いてくれているというのでサンドイッチとソフトドリンクを持ってきてくれたとします。その食べ物がたとえ$6ドル以下であっても、これが恒常的に行われ年間合計が$50以上の場合には、規程違反となると例示されてい。昼食は6ドルとの制限があるのかもしれません。

 このほか
・規定された金額$20は、例えばチケット等に記載された額面ではなく、 市場価格(Market Value)基準となります。 1万円するコンサートチケットを$20と記載変更しても これを受け取ると違反です。
・額面100ドルのチケットに、20ドル分を差し引き、80ドルでチケットを買うといった 分割支払いもダメ。
・パーティに招待されても、差し出される食べ物が$20ドル以上であれば、 これも、アウト。招待を受けることはできません。(現実には、どんなものが出るかわからない場合が おおいのであまりうるさくはないようです。)

 仮にこの規定をクリアーしパーティに出席したとします。 そのパーティで、余興として抽選会がありました。米国ではよくある方式のドアプライズとして 入り口で渡された抽選券です。これが、見事に抽選で一等賞。商品は、チェコ製のクリスタルグラスでできたお皿。当の本人は高そうである事は分かるが、値段がいくらか知るすべも無い。規定に引っかかるといって受け取らないとせっかくのパーティに水を差す。しかし、同僚も来てきているので、受け取るとすぐにばれる。さて、どうするか?

 実際に私たちが主催したパーティで起こった話しです。彼は、衆目の中で(同僚の見ている前で、)本当に嬉しそうに一等賞を受け取りました。同僚達は、羨望の気持ちも手伝って、あれは受け取っていけないのだよなと仲間同士でヒソヒソ。その後、彼はどうしたかいうと、その賞品を持ち帰り法律家と相談したそうです。

 その結果、やはり自分のものにすることはできず、ある公的組織(彼の場合は教会へ)に寄付せざるを得なかったそうです。規定以上の贈与を受けた場合には、その場で断るか、送る側の立場も考慮し、受け取った場合には後で寄付をするかのどちらかの選択しかありません。

 また、上司に対する贈り物も原則禁止です。しかし、結婚・病気・出生・養子縁組などの日常的でない出来事に伴う場合や退職時の贈り物にはこのルールは適用されません。さらに、慣習上のもの、例えばクリスマスパーティや贈り物であれば合計$10まではOKのようです。

 では実際にどれほど守られているかということになりますが、私が付き合っている方々の範囲ではかなり守られています。中には、名刺代わりに500円のテレホンカードを差し上げても、一旦は受け取り、中身を確認するとこれは受け取れないと返す人もいます。たいていこういう上司は部下から嫌われています。

 とはいえ、日本よりも建前と本音を使い分ける米国人ですから、親密になり安心となればこの限りではありません。人それぞれといったところです。このルールによって罰せられたという話しも聞きません。どうも、常に適用するという姿勢ではなく、何か問題があったらばこのルールを活用するという使い方をしているようです。このルールは腐敗の土壌つくりに対しては相当効果的な歯止めになっているという印象を受けます。

 私は、このルールの恩恵を受けている最大の人かもしれません。特に年末です。在日米軍がお客さまということで接待は一切なし。同僚が連日のお客様の接待で、深夜まで酒をのみ過ぎ、げんなりしているのを見ながらさわやかな気分でいられます。日本でも同じようなルールを作ると銀座の人たちは困るでしょうが、きっと奥様方は喜んでくれると思います。

  ほぼ政府官庁全部を包括して「20ドル原則」のような規則を持っている国はアメリカ以外にどのくらいあるのでしょうか。無論例えば日本の倫理規定の額を「3500円」にするとして、「3499円」とどう違うのかと言われれば、「それは、額面通り1円しか違わない。法律がそうだから」としか応えられない。しかし、それ以上応える必要はないと思います。何事も、一つの基準を決めて一回やってみるのも問題をはっきりさせる一つの方法のように思います。 (ycaster 98/01/30)