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2007
05/09
Wed

2007年5月9日(水曜日)

日記

新幹線の中で読もうと思って、限られた種類の中から(駅の売店だったので)ちょっとタイトルが気になった本をランダムに3冊買い、そのうちの一冊「中国社会のとことん深い闇」という本を読みました。ハハハ、結構強烈な本でしたが、実はあまり違和感はない。

重慶に行ったときに街角に、「この辺は人さらいが頻繁に出没するから、気を付けてください」という看板を見ていて「中国では子供の誘拐、女性誘拐は頻繁に発生しているのだろう」と思っていたし、そうも聞いていた。そして中国ではどの都市でも小学生くらいの子供が学校に行くときには必ず親かおじいちゃんか、それとも家政婦が付き添って学校まで送るというのも目撃している。誘拐を気にしているのだ。

商売をしている人からは、中国が酷い上納金社会、ヤミ献金社会、賄賂社会であることを聞いているし、2005年の重慶の暴動事件は広く世界に伝えられて、その他でも大きな事件、民工や農民の反乱が起きていることは確かです。宗族という名字を同じくする人々の一種の闇結社が中国各地、各村で結ばれて、劣化しつつある共産党組織(行政組織)との対立抗争をしているというのも聞いていました。

既に「統治の正統性」を失いつつある共産党が、無理な成長を急ぎ、そして国外に敵(しばしば日本が標的に)を作って国内統一を持続させようとしているというのも事実でしょうし、中国に中華思想があることも確か。そういう意味では、中国の悪しき面をこれでもかと連ねてある本であまり好印象ではないが、あまり意外感はない。

この本にも何回も出てくるが、「どの国にも闇はある」というのは確かである。日本にも悪しき面は山ほどあって、それを書き連ねれば一冊の本が出来る。ただしいつも私が思うのは、日本の場合は悪しき面はあるし、政治不信はあるが、「体制への不信」はないということだ。私も含めて多くの人は、今の民主主義を捨てて別の体制を思考せざるを得ないとは考えていない。

しかし中国は、「今の体制ではもう駄目だ」と考えている人が多いし、実際にそれが大きなうねりになる可能性がある、ということでしょう。体制転覆の可能性がある。だから先日紹介した「北京炎上」というような近未来小説となって本が出てくる。この近未来の中国に対する予測は、各国で出版されている。フィクションを意識しようが、「予測」を意識しようが。

この本は、「北京オリンピック後が危ない」と言う。危ないのは、今の体制に対する反対運動が多くなる、ということです。そうかもしれない。「北京炎上」が指摘するように、中国が大きな動乱もなくいくつかの共和国になるかもしれない。考えてみれば、ベルリンの壁は歓声とシャンパンを開ける音の中で落ちた。天安門の毛沢東の肖像がそういう形で落ちても不思議ではない。もっと深刻な動乱になるかもしれない。

しかし私がいつも問題だと思っているのは、「その後」です。中国に民主主義がいったい根付くのか、この本に繰り返し出てくるような中国人の特質が、国が新しくできるにしても、酷く歪んだものにならないか、そして民衆はそうした変化が起きる中でおとなしく国の中にとどまっているのか、という問題だ。この本は、「中国人には自由、平等などは馴染まない」と言っている。しかし、台湾はそれをある程度実現している。小さければ出来るのか。

この本はそうした問題意識には応えていない。中国の悪しき面を並べているだけなのが物足りないが、それは実際に中国の一面なのだろう。しかし一方で、そういう悪を取り締まる当局も頻繁に登場する。逮捕者がそれだけ多いと言うことは、悪(汚職、賄賂、国家資産の横領など)も多く発生しているが、まだそれを取り締まる意識は当局にはあるということだ。

しかし今週の日曜日もNHKが「シリーズ中国激流」で報じていたような国の分裂をももたらしかねない都市と農村、豊かな人間と貧しい人間、共産党員と非共産党員の分断が進んでいることは、隣国の13億を抱える国が大きな変化の縁にいることを示している。この本を読んで改めてそのことを思った次第だ。

07:28
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