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2007
09/05
Wed

2007年09月05日(水曜日) 五年後、また ?

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 (05:57)多分これがモンゴルからの最後のアップです。全員揃っての夕食後は何をしたかというと、午後9時30分までやっているというデパートに。スカイ・デパートという名前でした。

 もっとも、「デパート」と言っても一階から三階までの3フロア。しかも各フロアの面積は日本のそれに比べると大きくない。一階に薄型テレビやステレオ、洗濯機など家電製品とかが置いてあり、二階が化粧品、食関連、時計、民芸品、宝石など。三階が男女の衣服という構成。ちょっとブランドものが置いてあったと思った。

 面白かったのは、食品売り場です。デパートの中では見るのが一番好きなコーナーですが、「あるかな....ないだろうな」と思って探した魚のコーナーは全くなく、ただ冷凍のサバだと思ったのですが、数匹置かれていただけでした。袋に入れられて。

 「これは凄い」というのは、羊の頭が丸ごと置かれていたこと。鯛の兜ではないのですが、本当に目がくりぬかれて置かれていた。カメラで撮ろうとしたら制止されました。どうやって食べるのだろう。兜煮、それとも焼き? 肉のコーナーは他に比べると充実していたな。鶏肉の唐揚げが美味しそうだった。ケーキは食品のコーナーに置かれていて、結構家族連れが来ていました。

 実はスカイ・デパートはウランバートルのデパートとしては二軒目の訪問先。もう一軒は5階まであって、規模も大きかった。しかしガイドさんによると、ウランバートルで高額商品が売っているデパートとしてはスカイの方が上だそうです。もう一つのデパートは5階の民芸品のコーナーが充実していたと思う。

最初の人食事のメイン。美味しかった。サラダ、うどんのようなスープの次に出てきた。モンゴルは結構野菜が美味しい  街で気付いたことと言えば、電話の賃貸業が街角に結構あること。売り子が一人いて、その前にタバコと電話が置いてある。最初なんだろうなと思ったのですが、カンバンがあって、「100TG」とか書いてある。「TG」というのはこの国の通貨の略称だから「電話を貸しているのでは」と思って見ていたら、その通りでした。

 ケイタイ電話をモンゴル(特にウランバートル)の人々も持っているのですが、プリペイドが多いそうで、しばしば使えなくなる。そう言うときに、「街の電話屋さん」に駆け寄るというわけです。

 街で一つ面白いと思った現象は、結構商店街らしいものが出来てきていて、これは1990年の自由化以降の現象だそうです。人通りの多いところのビルの一階は、例え直近まで人が住むアパートだったところでも商店を作った。この結果、こうした場所のビルの一階の賃貸料が上がったというのです。以前原宿にあったあるアパートを思い出しました。

 ウランバートルは若者が多い街です。皆結構楽しそうに、ワイワイがやがややっている。カップルが多かったな。結構手を繋いで。日本よりもカップル社会なのかもしれない。むろん、女性だけ、男性だけで食事、飲みをしているグループも見かけましたが、原則はペアリングのようです。印象ですが、多分ウランバートルは大学生が多いのだと思う。9月に入って学生が戻ってきている。

 時間の余裕があるので、食べ物のことを少し書きましょう。はっきり言って、食事は日本で出てくるものと変わっているという点で面白い。羊一頭が食用に供されるまでも見ましたが、やはり羊はモンゴルの人にとって主要食のようです。かぶりつきましたが、美味しかった。ちょっと塩を振るのがよろしいようで。あとは馬乳酒。ガイドのメグさんが家のものを持ってきてくれましたが、かなりしょっぱいヨーグルトのゆるいの、という印象がした。モンゴルの男は、あれを大きな入れ物に何倍も飲むのだそうです。

 先にも書きましたが、今のウランバートルは90年代の半ばから来ている人に言わせると、「あまりの変貌ぶりに驚いた」そうですから、多分あと5年後に来たらまたさらに大きく変貌しているんでしょうね。道路、水道などインフラがどの程度整うか、交通マナーがどの程度改善するか、など興味深い。

 我々が「モンゴルは今のままでいい」と言ってしまうのは、どうかなと思う。文化財に指定された人が非常に窮屈な生活を余儀なくされるようなものです。あの綺麗な草原にしろ徐々に変わっていくのでしょう。もちろん私も残して欲しい景観がモンゴルには一杯出来ました。しかし、そこにはまた人が住んでいることも確かです。

 そうですね、五年後くらいにまた来れたら......と。

04:54
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