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2013
06/16
Sun

2013年06月16日(日曜日) 国境の島・与那国

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 (09:17)以前石垣島から波照間に行ったとき、「日本の有人最南端には来た、今度は日本最西端の与那国島に行きたい」と思ったのですが、この週末に来てみました。一時は2万人もの人が住んでいて、その時に「町」になったものの、今は1800人弱くらいしか住まない国境(はて)の島。

 私はこの島を地図で見る時、いつも思っていました。「日本の祖先は素晴らしかったんだ。こんなところまで領土・領海を伸ばしてくれていたのだから」と。だってよく晴れた雲のない日は、与那国島の西崎から台湾が見えるそうですからね。(私の時は雲で見えなかった)

 この島から見ると北東になる尖閣については台湾や中国が歴史を無視して領有権を主張していますが、与那国は台湾まで111キロという至近距離にも関わらず、領有権が問題になったとは聞いたことがない。それだけ所属が明確だということでしょう。

日本最西端の与那国・西崎 実際に来てみれば断崖絶壁の多い島です。サイパンにも似ている。太平洋の荒波に洗われて徐々に島が浸食されて今の形になった。私には砂の堆積層が隆起して出来た島のように見えました。だから結構もろい。

 島全体の形は波照間と同じようなサツマイモの形です。西端(西崎=いりざき)と東端(東崎=あがりざき)がハッキリしていて、島の真ん中が上下に膨れている。東が「あがり」(陽が昇るからでしょうか)、西が「いり」なのは他の沖縄諸島と同じです。

 しかし、いろいろな人に聞くと、ここの本来の言葉は沖縄本島とも、船(フェリー)で4時間半の石垣島とも全く違うらしい。ヤマトンチュウーが聞いても全く分からないらしい。絶海の孤島で独自の発展をしたのでしょう。

 歩いて恐らく8時間、自転車で2~3時間、車だと1時間弱もあれば一周できる島ですが、起伏に富んでいて、実に綺麗な海とのマッチングの景観は非常に良い。木々の緑と、海の青さが際立つ島です。絶壁の高いところからでも、南の綺麗な魚が優雅に泳いでいるのが見える。そして同じように際立つのは湿度の高さと放牧されている与那国馬の群れ。馬には乗りましたが、温和しい。

 人口が2万人に達していたのは、台湾との密貿易が盛んだった戦前だそうです。しかしそれが禁止されるとずっと人口が減って、1000人と500人のやや離れた集落があり、あと一つもっと小さい集落があって、小学校は三つ、中学校は二つ、そして高校はないという形。一つの小学校は全校で9人しかいない、と聞きました。

名所の一つ・立神岩 島の方々はいろいろな形で生計を立てている。カジキマグロなどの漁業、サトウキビなどの農業、馬などの放牧、観光などなど。観光は年間3万人くらいで、島の人は「これが10万人くらいになってくれれば良いのですが」と言っていました。皆さん、行きましょう。

 今町を揺らしているのは、自衛隊の誘致問題。町長さんが旗を振っているらしいのですが、島を移動すると盛んに「自衛隊誘致絶対反対」の旗が立っている。綺麗な海岸が一杯あるし、景観も優れているので、観光地としてもやっていけると思うのですが、島の中には「自衛隊が来てくれれば....」という人達と、「来て欲しくない」という人達の意見が対立しているようです。

 24時間ちょっとしかいませんでしたが、「来て良かった」と思うと同時に、もう一度今度はゆっくり来たいと思いました。新しいことと言えば、裸馬の背中に乗って海の中を歩いたり、遊んだことかな。これは面白かった。

 ちゃんと裸馬の背中に乗れたのがびっくり。

09:30
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