日々のライブな情報ページ

2018
02/13
Tue

べっこう寿司がうまかった.....

day by day

  (00:35)ところで、この3連休は月曜日にテレビが入っていたりして、ずっと東京にいたのですが、中日の日曜日には伊豆大島にジェット船で行ってきました。日帰りで。

 名前に「伊豆」が付くけどそこは東京都の領域で、島を走っている車は皆「品川ナンバー」。しかし植生はむしろ南国に近く、道路を覆うように木が茂っている......といろいろな印象が残りました。

この二人が... 風が平昌並みに強かった。日曜日です。竹芝桟橋を午前8時10分にジェット船で出て2時間弱。乗った人数と降りた人数が合致することを確認するためのチケット回収があって(帰りもそうです)、その後に上陸。丁寧にお嬢さん二人が乗客を迎えてくれた。

 岡田港(おかた)に着いて直ぐにレンタカーを借りて乗り、メインの港である元町港に移動して、やや時間を過ごした後、三原山に。確かこの島に来たのは2回目ですが、三原山に登った記憶がないので、多分初めて。

 車で行けるところまで行って、その後は片道40分ほどの道を歩いてお釜を目指すのですが、とにかく風が強かった。体をもっていかれそうになった。思ったのは「今でも実に荒々しい山だ」ということ。残り雪が登山道にもあった。

 とにかく今でも「熔岩は幾筋にもなってお釜からこう流れたんだ」と分かる。熔岩は含有する成分もあって黒い岩になる。それが連なって川を作るのです。黒い。風が強かったこともあって、結構たった40分の歩きが登もあってきつかった。

 お釜は日本各地の火山に数多あるのですが、三原山のそれは阿蘇山のそれに続いて大きな印象があった。どこまで「お釜」と呼ぶのか知りませんが。地球の呼吸にとっては1986年なんてつい先日のようなものでしょうから、いつ「明日」があるかも分からない。

今でも明瞭 熔岩の川 大島でもの凄く大きな噴火があって、島民全員1万人が避難したのが1986年11月でした。避難が長引いたこともあって、その後島に戻らなかった人が数多かったようで、今の人口は7000人強だと資料に出ていました。当時の生々しい記録は今でも読むに値する。

べっこう寿司 あまりの風に早々に撤退し、三原山の中腹にある温泉ホテルで今度はひとっ風呂。登山のあとは気持ちが良い。露天からは三原山が真正面に見える。穏やかそうな山なのに、噴火となれば人間を追いかける溶岩流を生むんですね。

 桜とか椿とか思って行ったが、早かったのか行った場所が悪かったのか。またの機会です。食べ物ではべっこう寿司がうまかったな。びりっとからくて、しかし全体的にはまろやか。不思議な寿司です。

 島出発は午後3時。またまた2時間弱の道のり。「風が強いので、揺れます.....」と警告があったわりにはスムーズだった。うーん、今度は一日泊まっても良いな。もっと美味しい食べ物があるかも知れない。

02:42
twitter
伊藤洋一公式Twitterアカウント

サーチ

カテゴリー

最新の記事

カレンダー
キーワード