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2009
06/11
Thu

2009年06月11日(木曜日) 「さようなら」

day by day

 (18:53)久しぶりに都内でロケを。2時間くらいですかね。六本木などで。局はテレビ東京ですが、何時放送されるのかまだ聞いていないので、また決まりましたら。前回はテレビ朝日の「大人のソナタ」だったかな。どこでも寝られる、という話でした。

 ところで、今面白い本を読んでいます。『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか』というのです。日本人の正当な別れの挨拶は、つい最近まで「さようなら」だったように思う。

 しかしずっと「違うな」と思っていたことがあって、それは英語も中国語も「また会いましょう」が別れの挨拶の基本なのです。「see you」がアメリカでは主流だと思うし、中国語では「再見」が基本です。日本語では「また」「じゃまた」があるが、これはどう考えても別れの挨拶の正式な表現ではない。

 どうして日本語は違うんだろう、「さようなら」とはどういう言葉だろうと思っていたのです。なぜ日本人は「また会う」ということを言わないのかな、ということです。

 そういう基本的な疑問があったものだから、今週火曜日に大阪に向かうときに東京駅の書店でこの本を見付けて直ぐに買ってしまった。読み始めていますが、ちょっと脱線気味の本ではあるが、私の疑問には答えてくれている。

 それによると、元々この言葉は「さようならば」という接続詞からの「別れ言葉」への変化だというのです。同じように「さらば」は「然らば」からの分かれ。接続詞としての「然らば」は、「ということであるならば」という区切りの、「そうであるならば、私はこうする」という言葉です。「然らば、もうこの世には未練はない」のような。

 「see you」や「再見」には、過去と今からさらには未来という区切りはない。しかし元々「さようであるならば」「さようならば」をベースとする「さようなら」にはそういう意味合いがある、といったことが面白い。

 この本はその辺から、日本人の死生観にまで話を広げている。まだ読んでいる最中なのであとがちょっと楽しみ。しかしとりあえず「さようなら」がどこから来たのか分かったのは良かった。

 うーん、いまつらつらと思い返したら、「さようなら」と正式に言って人と別れたことは最近あまりないな。「じゃ、また」が一番多い。良いことか悪いことか分かりませんが。

19:45
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