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住信為替ニュース

THE SUMITOMO TRUST & BANKING CO., LTD FX NEWS

  第1301号 1996年08月23日(金)

Bundesbank lowers repo rate by 30bp  

 ドイツ連銀は、市場のコンセンサスから見れば「予想外」の、かつ「予想より大幅」な利下げを実施しました。通常「レポ・レート」と呼ばれている14日の証券リパーチェス・レートを3.30%から3.00%に引き下げた。このレポ・レートは、4ヶ月前に公定歩合などを引き下げた折りにも据え置いていた金利で、実に半年ぶりの引き下げ。市場は、今週後半に発表されたIFO経済研究所の景況観測が強かっただけに、「今回もなしでは」という見通しを強めていた折りでもあり、まず「引き下げ」そのものに驚いたといえる。

 加えて、せいぜいあっても「5〜25bp」と見ていただけに、30bpという「下げ幅」に驚いた。この二つのサプライズにより、ドル・マルクを初めマルク・円などマルク関連相場は大きく「マルク安」に傾きました。

 理事会のあと簡単な声明を発表したティートマイヤー総裁は、利下げの理由として

  1. 利下げそのものは、当連銀のこれまでの政策の「継続」である
  2. M3の伸び率が引き続き低下しているのが、決定的な理由だった

 と述べている。1)は、恐らく市場に「打ち止め感」が出るのを予防しようとしての発言でしょう。つまり、利下げした今もドイツ連銀の政策は「継続」にあると。2)は、確かにそうだろうが、もっと言うべき事をこの言葉で全部代弁したという気がする。ドイツのM3は直近では、8.6%にまで下がっている。伸び率が二桁を脱したのがつい最近ですから、確かにペースは急です。

more reasons

 しかし、ドイツの利下げにはもっと理由があると思います。

 第一は、フランスに対する配慮。ドイツの利下げ後に直ちにフランス中銀は20bpの利下げを発表しました。この利下げはドイツが大幅(30bp)な下げをしていなければ決してできなかった。しかし、フランスは経済実態から見て、利下げを誰よりも喉から欲しがっていた。

 つまり私は、「30bp」という大幅な利下げそのものが、「フランスへの配慮」と判断したい。ドイツの国内事情だけだったら、もしかしたら市場に「打ち止め感」がでてしまったかもしれない今回のような大幅な利下げは必要なかったはずです。だから逆に、ティートマイヤーは理事会後に出した短い声明の中で、市場の「打ち止め感」を打ち消すためのちょっと意味不明の文言「継続」を入れざるを得なかったと読みます。

 今週月曜日にも指摘したとおり、「対フランス関係」は戦後ドイツの外交政策の要でしたし、今でもそうだと思います。言葉に出せば「独立性」「中立性」に疑念がもたれるかもしれなから言わなかったが、しかし「利下げの幅」でこのドイツにとっての「外交の要」の国への配慮を示し、かつ将来の欧州の統合への道を容易にしたとみたい。

 第二は、マルク相場に対する配慮。端的に言えば、ドイツ連銀はマルク相場を対欧州通貨、対ドル、対円でもっと安くしたい。最近マルクは、円など一部の通貨を除き、「多分連銀は嫌がっているだろう」というところまで上昇してきていました。イッシングもそう言っていた。今朝の日経には、「マルク安の限界」のような記事が出ていますが、私はドイツ連銀の狙いとしてはやはり対ドルでマルク相場を1.5マルク台に乗せておきたいのではないかと思います。

 第三は、国内経済、および域内経済に対する懸念です。フランスが利下げに踏み切ったことは既に書きましたが、その他の欧州各国もドイツの利下げには追随している。 まずベルギーが、プライマリー・ディーラーに対する貸し出し金利を20bp下げた。3.0%に。さらに、翌日物金利も20bp下げて、4.25%とした。オランダも利下げを実施しました。これも20bp。加えて、スイスは金利を据え置いたものの、国内金融市場に流動性を付与し、フラン相場の外国為替市場での上昇を抑制しようとした。カナダも利下げを実施しています。

 カナダの利下げの意味合いはちょっと違いますが、欧州諸国の利下げはドイツが下げたればこそ可能になったもの。ドイツ連銀としては、「ドイツ経済の抱える問題は構造的。金融政策には限界がある」と言ってはいるものの、「出来ることは金融政策面からしたい」という気持ちはあるでしょう。その面では、ドイツ連銀はたとえ一時的にドイツ経済の先行きを楽観させる指標が出ても、全く安心はしていないし、自国経済だけでなく多くの問題を共有している欧州経済全体への懸念を強く持っていると思います。

 そういう意味では、ドイツは引き続き利下げのチャンスを見ながら金融政策を継続するでしょうし、マルク安を望む気持ちも変わらないでしょう。ドイツの金利はまだ下がる可能性は残されているし、予想以上にマルク安が進行する可能性はあると思っています。

China overtakes Japan

 月曜日のレポートでも取り上げた「最大の対米貿易収支黒字国=中国」が今週発表になった6月の米貿易収支統計で早くも実現しました。日本の対米黒字32億ドルに対し、中国のそれは33億ドルだったと思います。各国別の数字は全体の数字が季節調整されているのに対して、季節調整前ですから季節調整するとどうなるかは不明ですが、いずれにせよ重要な点は、「この傾向は続くだろう」と言うことです。つまり、日本が「対米最大の黒字国」という時代は確実に去りつつある。

 この「中国がアメリカにとっての最大の赤字相手国になった」という事態は、アメリカでも結構大きく取り上げられているようで、名古屋出張中にホテルで見たCNNは盛んにこの問題を取り上げていました。「中国は、アメリカにとっての70年代、80年代の日本になるのか」という問題です。つまり、中国が最大の貿易“摩擦”相手国になるのか、という問題。

 何人かのアナリストが指摘していたのは、中国の全世界に対する黒字は、70年代、80年代の日本ほど大きくない点でした。また、中国の輸出品は依然として「ハイテク」とは言えず、アメリカのハイテク産業、大量消費財生産産業に直接脅威になっていない現状では、アメリカの対中姿勢が当時の対日と同じ種類になるとは言えない、という意見が強かったように思います。日本の輸出は、アメリカの基幹、未来産業とバッティングした。

 しかし、政治の世界では「アメリカの貿易政策上の日本のスタンディング」には影響してくるでしょう。アメリカも、何か有れば日本を引き合いに出していた事態を変えなくてはいけなくなる。

why ?》 

 実はこの問題(つまり、中国の対米黒字がなぜ日本のそれを上回ったのか)と関連するのですが、今我々市場関係者の大きな関心事は、なぜ「為替はこれほど動かなくなったのか」です。例えば今朝見たNiftyserveの金融プロフェッショナル・フォーラムには、

 「盆休みが明けてもドル・円のボラティリティの下落が止まりません。1カ月の
ATMはすでに7.0%を割り込み、昨日の東京市場では6.75%をつけていました。これ
は確か史上最安値では・・・
過去の経験則では1カ月のボラが7%をつけると相場が急変し、ボラが反発すると
よく言われてきましたが、今回は市場構造の変化なのでしょうか。取り組み意欲が
低いためボラが下がってますます相場が動かなくなってるようです。困った・・・」
 

 という為替市場関係者の声が載っている。フォーラムでの発言を本人の承諾を得て引用させてもらったのは、この問題は今の世界経済の大きな動きを考える上で非常に面白い問題だからです。「今回は市場構造の変化なのでしょうか」という問いに対して、私は名古屋での昨日の講演で、一つの「試論」を述べさせてもらっていました。それは、今の為替市場の変動率低下は「やはり構造的なものがあるのでは」というものです。

 この問題は長く論じると、すごく長くなりますので要点だけを記しますとこういうことです。

  1. そもそも「変動相場制」は、対外収支の不均衡の拡大の中で生まれ、それを是正する手段として他の手段より「better」ということで1973年に登場した
  2. 実際には、「変動相場制」の「対外収支自動調節機能」は資本の流れに抗しきれず予期された成果を上げられない局面が多く、「プラザ」「ルーブル」など多くの国際合意を必要とし、またアメリカなどは「為替」をツールとして使ってきたが、それは「為替」がやはり対外収支不均衡の有効な手段だと考えられていたからだ
  3. しかし、89年のベルリンの壁の崩壊による世界経済のグローバライゼーションと市場経済のスパンの拡大(10億人の市場経済が40億人に)、それに加えての情報・通信革命の著しい進展で、企業(先行したのは製造業です)は「最適生産・最適処理」を徹底して開始し始めている
  4. その結果として、世界経済の要素価格は均等化の方向に向かい、市場全体は極めてcompetitiveなものになり、その結果、為替を大きな要因としていようが、企業の投資行動は素早くなり、物の流れも速くなって変動相場制が「是正」を目指したような不均衡は市場開放が進んだ先進国を中心に徐々に消えつつある。事実、先進国間の不均衡は大きく減少し、世界の主要国のインフレ率と、金利水準は60年代以来の水準に収斂しつつある
  5. その結果、フローとしての為替のスパンは広がり、世界市場に今まで見れなかったような通貨が登場してくる一方で、主要通貨間の変動率は大きく下がってきたし、今後も経済活動そのものが企業活動のグローバライゼーションや「最適生産・最適処理」移行という形で世界経済全体が「平準化」し、不均衡が自動調整されるとすれば、「変動相場制下の為替」に期待された「調節機能」は低下するだろう、と言えないでしょうか

 というものでした。無論、「最適生産・最適処理」の方針を決めるときに、為替レートは極めて重要です。ですから、国際的な実物投資、モノの流れの大きな誘因にはなる。しかしその結果は、どうみても「不均衡の是正」です。日本の黒字が減少して対米黒で中国に抜かれ、円が競争力以上の高値から反落してきているのは、その証左とも言える。

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 それでは、『「為替」は動かなくなるのか』というと、それは違うと思います。為替相場を動かしているのは、フローの資金の流れと同時に、ストックとしての資本の流れ。例えば、世界の為替市場が大きく動いた最近の例(メキシコ危機など)を思い起こして下さい。全て「資本」、「ストック」からみです。世界中の投資家(アメリカのヘッジファンド、日本や欧州の機関投資家)の懐には、「ストックとしての為替」がすごい規模で貯まっている。また、日本を除くアジアの中央銀行が貯めている外貨準備だけで、4000億ドルはあると言われている。日本を加えれば、世界の外貨準備総額(だいたい1兆ドルとみられる)の6割はアジアにあるのですが、それがほんの少し動いただけでも、大変な為替相場の変動になります。

 1994年末のメキシコ危機では、明らかに動揺したストックとしての為替が動きました。だから「flight to quality」で円は79円75銭まで上昇した。あの後の「円高是正」で簡単に円が100円台まで戻り、今市場関係者が嘆くほどにそこに定着しているのは、そもそもやはり79円が日本の競争力、フローとしての為替の流れの実力からすれば、「行き過ぎ」だったからではないでしょうか。

 長くなりますからもうやめますが、一つはっきりしているのはモノの流れが「世界経済の平準化」「要素価格の均等化」やそれを促す「情報・通信革命」で「不均衡是正」に自動的に向かえば向かうほど、「ストックとしての為替」がどう動くかが重要になってくるということです。当局としては、「監視・管理」ということでしょうが、市場としては「ストックとしての為替」が動きそうな事態に目をこらすということになる。

 当面という意味では、世界で最も低い日本の政策金利の変更は、大きな資本の動きを誘発するでしょう。今年それは、マスコミが放ったやや不用意な「警戒警報」でも既に何回か生じている。そしてその資本の動きは、一人「為替」にとどまらず、ストックとしての資本がパークする様々な市場(株、債券など)で、大きな波紋を投げかけるでしょう。「波紋」というと何か悪いモノのように取られそうですから、「動きを誘発する」としましょう。あとは、資本が行っている国の「不安」です。そういう意味では、先進国の資本がまだ大規模には行っていないロシアの政情不安が大きな為替相場の変動につながっていないのはよく理解できる。あれが、メキシコだったら世界の金融市場は大きく動揺していたでしょう。

have a nice week  

 今週後半は、名古屋にお伺いしました。毎年2回の市金セミナーの講師のためですが、私にして見れば長くお付き合いいただいている方々とお会いできるのが、なによりの楽しみ。もう8年くらい年2回続いていますが、毎回来て下さる方がいる。

 今年は、やはり金利の動きに興味のある方が多いのではないかと考え、金利を巡る基本的な状況、今年これまで数ヶ月間の動きや裏話、今後の見通しをお伝えしました。実際のところ、今年夏までの「利上げ」騒動はなんだったのかという状況になっている。

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 行き帰りの新幹線の中で読んだのは、石原慎太郎さんが書いた「弟」。前から同じ兄弟なのにどうして全く違う分野でああいう形で名を成したのか興味があったのですが、この本を読んで納得。この本はこうした興味を満たしてくれる以上に、なかなか素晴らしい文章、心理描写、日本の戦中・戦後史の本に仕上がっていて、読み進んでいくとはっとし、時に涙腺を刺激されます。特に後半において。時に本を置き立ち止まって、考えたくなる本です。最近はハウツーものの本しか読んでいなかったので、久しぶりに本らしい本を読んだ気がした。幻冬社という会社から出ている。もっともこの本は今ならどの本屋にも置いてあるでしょう。推薦します。

 それでは、皆様には良い週末を。

                                  <ycaster@gol.com>