住信為替ニュース
INTERNET EDITION

  

第1320号 1996年11月08日(金)

fiddler on the roof 》 

 昨日の日経金融新聞の「ポジション」欄の記事に対する金融市場の反応を見ながら、『「Fiddler on the roof」(屋根の上のバイオリンひき)と、それに耳を傾ける聴衆』といった光景を想起していました。むろん、バイオリン奏者は大蔵省の榊原国際金融局長、耳を傾けているのは金融市場のわれわれであったり、日経の記者であったりする。

 このバイオリンの音色、去年の夏から今年の夏くらいまでは非常に鮮明に聞こえていました。音色を聞けても、その示す方向に動けなかった人もむろんいたのですが、とりあえず音色は鮮明だった。しかし、昨日「日経金融」という家の屋根の上で久しぶりにfiddlerが演奏した曲は、確かに聞き難い点があった。ちょっと屋根に霧がかかっていて奏者の顔がよく見えなかった(ストレートのインタビュー記事ではない、という意味で)のと、風が強くて曲全部が聞こえたわけではなかった(記者が記事にマッチした部分の引用しかしていない、という意味で)という二つの意味で。

 しかし、記事をよく読むと奏者が「(聴衆の一人にひいてくれと言われたから)リスポンスして出た部分」と「そうではなく自らこの部分を演奏したいと思って演奏した部分」の区別は明確に出ていると思います。

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 奏者が音色に託したメッセージ(演奏したいと思って演奏した部分)の一つは、「ファンダメンタルズ(経済の基礎的諸条件)からすれば、一本調子の円高修正局面は終わった」というものです。「円高に戻るべきだ」と言っているわけではない。しかし、「円安にかける方々もちょっと足場を見て」と言っているわけです。

 ではその「ファンダメンタルズ」とは何か。他の同一劇団所属団員などの話を総合すると、6日に発表になった今年10月上中旬の日本の貿易収支の黒字が対前年同期比で22%の増加になったことに示される対外収支黒字減少ペースの鈍化です。対前年同月比で、日本の黒字は9月まで22ヶ月連続して減少している。しかし、今年の4月を境に、減少ペースは確かに落ちてきています。そして、10月上中旬の黒字の対前年同期比増加。10月全体では最後に輸入が増えてまた前年同月比減少になるかもしれませんが、黒字減少のペース鈍化は見れる。

 「黒字が減るから円安になって当然」というのが今までの音色でしたから、その黒字の減少に歯止めがかかろうとしたら、「ちょっと待て」ということになっても大蔵省としてのstandingは一貫している。大蔵省が後に「大蔵省の立場は変わっていない」と言っているのは、このことを指すのでしょう。

Is mart too pessimistic ?

 メッセージの二つ目は、「マーケットの(日本経済に対する)悲観ムードは行き過ぎだ」というものです。これはあちこちで何回も言っているので、かなり強く思っておられるのでしょう。「悲観ムード」とは何を指すか。明確には言っていませんが、日本の金融市場全体に対して責任がある大蔵省という立場からすれば、特に「総選挙後の株安や、それと裏腹の債券相場の買われ過ぎ、それにピッチを上げていた円安」に示される日本経済への悲観ムードでしょう。黒字が減るから円安になるのは頷ける。しかし、日本経済に対する悲観論、「日本ダメ論」で円安になるのはいただけないという判断。

 また、「外人投資家からも見放されつつある日本の株式市場」という見方が広まるのも、懸念しているでしょう。株価の崩れは、日本の金融システムの不安につながる。市場の悲観論は、総選挙後に急速に高まったものです。この悲観ムードを映したのが債券。従って、悲観論を払拭しようとしたら、債券利回りは上がらなければならない。債券市場は、昨日という一日を取ると、その通り動きました。

 「橋本新政権は金融システム改革には本気だし、僕らもグローバル化が進むなかで規制にしがみつくつもりはないよ」と言っているのも、榊原局長の市場に対するメッセージでしょう。「皆さん、政治とわれわれは何もしないとお考えですか。違いますよ」と言っているように聞こえる。だから「マーケットの悲観は、行きすぎていませんか....まあ見ていてください」とも聞こえる。市場はとりあえず、「実績」を待つでしょう。

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 滝田記者が榊原局長に話を聞くきっかけとなった11月2日号エコノミスト誌へのバーグステン論文は、従来からの彼の主張を繰り返しただけで、特に目新しいものはありません。大蔵省は「円のcompetitive depreciation(競争的切り下げ)を図っている」と批判している。これに対して「違うなー。円安誘導しようなんて考えていないよ」と榊原局長は言っている。「また的外れなことを」と笑っているわけです。あくまでも、メイン・メッセージは上の二つでしょう。

market reaction

 今朝までの市場のリアクションについては、当局としては「債券は予想通り」「為替もある程度予想できた」、しかし「株にはがっかり」というものでしょう。一番上げたかった株が日経平均で大きく下げたのは、今後の市場に残るであろう懸念を端的に示している

 為替については、榊原発言に対する海外市場の受け止め方は

 「Tokyo may be ready to take steps to prop up the yen's value.」(ウォール・ストリート・ジャーナル)

 というものでしたから、全体に米大統領選挙のドル高ムードの中でドル・ロングになっていたことを考えると、今朝までのドルの下げはある程度予想できた。日本の通貨当局にとってどこら辺が理想でしょうか。「日本の株に打撃にならず、日本の黒字が増えないレベル」でしょう。円高になりすぎて企業業績に打撃になって株安になるのではもともこもない。しかし、最近のように株にも全く効果のない、日本経済悲観論に基づく円安も困ると言うことです。

 しかし、当局の希望がそこにあっても、市場がその通りに動くとは限りません。ここでポイントとなるのは、個人や機関投資家の対外投資がどう動くかです。多分、日本の今の運用環境からすれば、外貨の「押し目買い」となると思われます

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 債券相場の落ち着きどころは難しい。景気悲観論だけで、また他に運用対象がないと言う理由だけで買われている姿は、確かに健全とは言えません。警戒感があったからこそ昨日の東京と海外であれだけ売られたと思われます。ただし、「では(資金が)どこにいくのか」という答えは出ていない。

 一番望ましい形は、資金が株式市場に回ることでしょう。日本の金融システム全体から見れば、株価が上がる効果は大きい。しかし、株価の回復は一人大蔵省が金融面の規制緩和すれば出来るという問題ではない。日本というシステム全体が持つ問題の反映のところがある。金利が下がっても、円が上がっても下がっても上がらない株価は、ここ当面の一番の懸念材料になるでしょう。基本的には企業活動が活発に出来、収益が上がる環境が整わないといけない。新内閣にそれが出来るかどうか。昨日の感じでは、市場はあまり期待していないように見える。

chasing new highs

 一方では、そういう企業環境が整っているからでしょう。ニューヨークの株価は二日連続の大幅高を演じています。こちらは、素直に選挙結果を好感している。ダウで28.33ドル上昇して、引けは6206.04ドル。債券も当初は日本の債券の下げを見て売られましたが、あと入札結果が良かったこともあって上昇、指標30年債の利回りの引けは6.57%と前日の6.61%より大幅に低下。ドル安は株、債券にはそれほど大きな影響は与えなかった。

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 今回の米大統領選挙は20世紀最後の選挙でしたが、予想通り民主党の現職クリントンが獲得選挙人の数では圧倒的な勝利をものにしました。ドールは、政界引退を表明。クリントンは民主党の大統領としては、フランクリン・ルーズベルト以来の「2期目の大統領」になります。ただし、得票率はクリントンが目標とした50%には届かなかった。ごくわずかな得票差が大きな獲得選挙人の数の差を生んだ。

 クリントンの勝因については、色々面白い指摘が出ている。いずれにせよ、市場が一番望んだ「権力のシェア」(民主党の大統領、共和党支配の議会)が出来たわけで、当面は米市場には好影響をもたらすでしょう。ネットからいくつかの面白い指摘を紹介しましょう。

The voters who helped propel President Clinton to reelection, according to
surveys taken during Tuesday's election, are more apt to be female, Catholic,
single, ideologically moderate to liberal, satisfied with their financial
situation and less concerned about character than those who make up the
congressional electorate.

 The Republicans' coalition is richer, whiter, more male-dominated, more
pessimistic, more Protestant, more conservative and more likely to own a gun,
and places a much higher priority on the deficit, taxes and honesty than those
who backed the president.

 The gender gap was not only crucial to Clinton's victory, but also has
long-range significance to the Democratic Party because women make up a larger
share of the electorate than men. They cast 52 percent of the ballots on
Tuesday, compared to 48 percent by men.

 また、気になるのは新政権のメンバーですが、今のところ以下のような予想が多いようです。昨日のワシントン・ポストの記事の一部ですが、紹介しておきます。市場が一番注目しているルービンは、クリントンが首席補佐官への就任を望んでいるものの、ルービン氏はこれを拒否。ルービンの周辺では、財務長官「留任」の見方が強いという。

 Based on interviews with a half-dozen administration officials,
here's a look at how the Cabinet is shaking out:

--Christopher, 71, tried to leave the Cabinet once before but
was talked out of it. Christopher reportedly informed the
president of his decision Tuesday night in Little Rock, Ark., as
they savored Clinton's re-election victory.

--Perry, 67, reluctant to take the job three years ago, opted
out but will stay until a replacement is nominated.

--Reno said a few weeks ago she wants to stay. Her doctors say
her mild case of Parkinson's disease is not an obstacle. She may
be the victim of an old Washington game: If you can't fire
somebody, make their life uncomfortable by leaking reports of
presidential pique.

--Kantor wants to be attorney general or chief of staff. If
Kantor could survive confirmation, Clinton would love to see him
behind Reno's desk. Kantor is bored with his current job and
would not mind returning to California.

--Pena left his meeting with Panetta convinced he could stay.
But aides say Clinton was not impressed with his handling of the
ValuJet crash and would like to give Chicago's Bill Daley, the
brother of Mayor Richard Daley, the post he all but promised him
in 1992.

--Shalala was told by Panetta she can stay. She will.

--Housing and Urban Development Secretary Henry Cisneros is a
favorite of Clinton's. But he may depart over personal financial
problems related to an independent counsel's investigation. The
prosecutor is examining a possible conspiracy to conceal from
the FBI details of Cisneros' payments to a former mistress.

--Education Secretary Richard Riley is another Clinton favorite.
Officials close to Riley say he probably will leave. White House
officials say it is entirely up to him. Rick Miller, Riley's
press secretary, said the secretary would make his decision
after a meeting with Clinton still to be scheduled.

--Robert Rubin is on Clinton's list to be chief of staff, but
the Treasury boss told Panetta he wouldn't take it. Aides expect
him to stay at Treasury.

--Interior Secretary Bruce Babbitt was on the outs after he
battled Western constituencies. But one senior official said
Babbitt had rehabilitated himself enough to remain in the
Cabinet ``if he threatens to fuss.''

--Labor Secretary Robert Reich may leave on his own accord, but
Labor Department officials said he has scheduled a meeting with
department employees later this month to discuss the new term.

--CIA Director John Deutch is a top candidate to replace Perry.

--Agriculture Secretary Dan Glickman is safe.

Candidates to replace Christopher include former Assistant
Secretary of State Richard Holbrooke, United Nations Ambassador
Madeleine Albright, former Senate Majority Leader George
Mitchell -- now a Clinton envoy to Ireland -- and Deputy
Secretary of State Strobe Talbott, a longtime Clinton friend.

have a nice weekend

 今週は一日短い週でしたが、アメリカの大統領選挙あり、昨日の相場の大きな変動ありと、忙しい一日でしたね。今週は水曜日が寒かった。風も強く、西麻布を歩いていたら、飛ばされそうになりました。昨日は私もコートをもって家を出ました。今日はちょっと雨模様で、必要そうですね。

 皆様には良い週末を。 
           <ycaster@gol.com>