INTERNET EDITION

SPECIAL ISSUE

1996年12月09日(月)


 12月13日の「News and Analysis」は休暇中のためありません。最新情報はdiaryです。GOOD DAY !
《 What happened ? 》

 今回のグリーンスパン騒動に至る一連の動きを時系列的に追うと以下の通りです。

<約二週間前>
 ウォール・ストリート・ジャーナルに「without citing any sources」の形で、

 「the Fed "would welcome less exuberance on Wall Street" and "wouldn't mind a gentle slide in stocks."」

 との記事が載る。使われている「exuberance」という単語が、5日のグリーンスパンの講演の中で使われたものと同じである。同じ日の同紙コラムにヘンリー・カウフマンが、株価の上昇を懸念しているとして、以下のように書いた。

「(He)is worried about excessive stock speculation, warning that
the Fed might need "to take actions that may not be necessary
to pre-empt a rise in inflation,but may be decisive in heading
off an unsustainable financial bubble." 」

 ただしこの日は株価は、ダウで76ポイントも上昇。

<3日火曜日>

 グリーンスパン議長は、ウォール・ストリートの民間エコノミスト(複数)と会談。民間エコノミストの側は、「ニューヨークの株がなぜ上がっているか。なぜそれが正当か」を説明したという。グリーンスパン議長はあまりしゃべりもせず、その説明にあまり納得したようにも思えなかったという。

<5日午後7時20分(米東部時間)>

 日本時間の金曜午前9時20分にロイターが第一報。これは、グリーンスパンのスピーチが実際に始まるより2〜3分前だったという。事前配布のテキストによる。「irrational exuberance」「bubble」の単語が世界中に流れる。しかし、最初の反応が現れたのが日本時間の午前9時45分ごろ。Globexの株価が急落を始め、それがオーストラリアとニュージーランドの株価に影響、すぐに東京の株価に伝搬。市場の理解は、「FEDは利上げをする」というもので、株も債券も下げ。この混乱は、他のアジア市場から欧州市場につながった。

<6日午前8時30分(米東部時間)>

 11月の米雇用統計発表。非農業部門就業者数が予想より少なく、失業率も上昇していて、「米経済は弱い」との観測から「はやり利上げはない」に市場の観測が戻った。この時点で市場には楽観論が強まり、その後のニューヨークの株、債券の戻しにつながった。

<グリーンスパン議長、6日にフィラデルフィアで講演>

 株価にはいっさい触れず、また質問にもノーコメント。

《 What he said 》

 各地株式市場の下げはパーセントで見ると以下の通りです。

 東京      (nikkei225)       −3.19%
 シドニー    (all ordinaries )    −2.91%
 香港      (hang seng)       −2.88%
 クアラルンプール(composite)       −2.74%
 バンコク    (set)          −2.39%
 ――――――――――――――
 フランクフルト (dax)          −4.05%
 オスロ     (obx)          −2.45%
 ロンドン    (ftse100)        −2.18%
 パリ      (cac40)         −2.26%
 ウィーン    (atx)          −2.13%
 アムステルダム、ブリュッセル、コペンハーゲン、ミラノ、ストックホルム、チューリヒは1〜2%の下落。(株価データはインターナショナル・ヘラルド・トリビューンによる)

 肝心の、もしかしたらグリーンスパン議長が一番気にしていたニューヨークの株価は、日中ダウで140ドル下げましたが、あと「利上げはない」との観測が強まって、結局は55.16ドル、0.9%の下げでとどまりました。世界の主要市場の中で、もっとも下げ幅が小さかった。株が大きく下げた市場では、債券の下げも大きなものでした。「アメリカが利上げするなら、今までの”債券買い”の大きなシナリオが崩れる」との見方があったからです。しかし、ここでもニューヨークの債券(指標銘柄)が一番しっかりしていて、木曜日の引けの6.50%に対して、一時は6.63%まで売られたものの、金曜日の引けは前日と同じ6.50%。

 ――――――――――――――
 グリーンスパン議長の5日夜におけるワシントンでの演説は、長いものです。中央銀行の歴史から説き起こし、その時その時のエピソードを拾い、そして現在のFEDが直面している問題にポイントを移して、最後の方で今日的問題(インフレ、新しい時代における物価の特徴とそれへの対策など)に触れ、そして聴衆に感謝して終わる、といういつもの全体的な流れの中で、一番市場を動かした"irrational exuberance"(ここでは「合理的と思える範囲を超えたユーフォリックな資金の流入と価格上昇」という意味)という単語は、全体のスピーチの四分の三を過ぎたあたりに出てきます。文章全体は

 「But how do we know when irrational exuberance has unduly escalated asset values, which then become subject to unexpected and prolonged contractions as they have in Japan over the past decade?」

 と疑問形で、自分に問いかける文体。インフレの実体がなかなかつかめないという話の中で出てきます。

《 Reutre reported with a few choice words 》

 これをロイターはどう引用し、世界に流したかというと、

 「 "Fed must be wary when irrational exuberance affects stocks, assets -- Greenspan."」

 と。実際にグリーンスパンのスピーチが始まる2〜3分前だったと、ニューヨーク・タイムズには書いてある。各メディアも一斉に追随したから、世界中の金融市場の人間はこの"irrational exuberance"なる単語を全く前後のつながりが分からないまま(スピーチ会場にいるせいぜい百人ちょっとの人以外は)目にしたことになる。どう見ても、この単語は「provocative」(=挑発的、ニューヨーク・タイムズもそう言っている)です。強い。世界中で株を買っている人に対する挑戦状のように聞こえる。

 ロイターの報道の仕方にも問題はある。ウォール・ストリート・ジャーナルの為替記事は、グリーンスパンのスピーチからの「a few choice words」が全世界の市場を動かしたと嘆いている。

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 しかし、単語そのものはグリーンスパン演説から来ているわけで、ではなぜこの単語を彼は使ったか。

 結論はやはり、「今年に入って25%も上がった株価の上昇が、今後のアメリカ経済や物価情勢に与える影響に、不安感を持っている」ということだと思います。

 彼は、「irrational exuberance」を使ったあとにすぐに演説で

 「We as central bankers need not be concerned if a collapsing financial asset bubble does not threaten to impair the real economy, its production, jobs, and price stability. Indeed, the sharp stock market break of 1987 had few negative consequences for the economy. But we should not underestimate or become complacent about the complexity of the interactions of asset markets and the economy.」

 とも述べている。「資産価格と経済の複雑な関係を過小評価してもいけないし、それを甘く見てもいけない」と言っています。やはり、資産価格の上昇は気がかりなのです。

 彼は非常に素直で、いつもスピーチの中で分からないことは分からないと言っているのですが、その素直な人の今回の文章を素直に読めば「そう(心配だと)思っているな」と読めますし、彼と親しい人の印象として、

 「Given Greenspan's long experience in his job, it is inconceivable that he was unaware that his remarks could unsettle the markets, people who have worked with him said.」

 というニューヨーク・タイムズの分析記事もある。とすると、このirrational exuberance"という単語が市場に何らかの影響を与えることを、グリーンスパン議長は十分予想していたと見ることが可能です。

 問題は、あれほど大きく動くと彼が思っていたかどうかです。たぶんそれは予想外だったのでしょう。あの日は、便乗のヘッジファンドなどの動きが激しかった。日本やヨーロッパの市場関係者の頭が、白くなったのも確かです。今までの世界の資産市場の要だったニューヨーク市場の先行きに大きな暗雲が見えたからです。誰もが、「今日のニューヨークはいったいどのくらい下げるのか」と思った。

 しかし一つ問題として残るのは、日本時間の6日の午後10時30分発表の雇用統計の数字が弱いことをグリーンスパンが知っていた可能性です。知っていれば、米東部時間の午前8時30分には、「市場は落ち着く」と予見できたかもしれない。市場の反応は事実そうでした。「あの数字がなかったら、株は数百ドル落ちていてもおかしくない」(市場関係者)という声もある。これにはFEDは答えていませんが、筆者は「まず無理だった」と思います。議長の草稿は、かなり前にできていた筈です。記者にも事前に配られた。

《 a little pause he got 》

 市場は、グリーンスパン発言を「こんなに株が上がるんなら、利上げする」との警告と受け取りました。だから、株が下がって、同時に債券も売られた。しかし、グリーンスパンの全体の発言、そしてその後の弱かった雇用統計を見ると、金利が下がる時に合理的な範囲を超えてこんなに株が買われるのでは、「利下げしたくてもできない」と言っているようにも聞こえる。彼はスピーチの中で、

 「Clearly, sustained low inflation implies less uncertainty about the future, and lower risk premiums imply higher prices of stocks and other earning assets.」

 と述べている。株の上昇そのものに反対しているわけではない。当然です。では、どうなるのか。恐らく彼は、「利上げ」を警告したわけではない。「利下げ」を難しくするほど株式などの資産価格が上昇していることに懸念を表明した、ということだと思います。

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 ではどうなるのか。今のアメリカの株のようにdemographic pressureで上がっている場合はどうなのか。残る問題は多い。代替の資金の行き場はあるのか。世界的に株が上がっているのは、金利が低く債券に徐々に投資妙味がなくなりつつあることが大きい。実物資産は、金相場の低迷を見ても分かる通り、投資魅力を失っている。不動産もそうです。

 結局、グリーンスパンがやったことは、「とりあえず市場の人間の頭を冷やした」ということでしょう。株も債券も、あと戻したのはそれに気づき始めたからと見ます。「利上げ」はカードしては遠い。しかし、それでは今後の株や債券がどちらに向かうのかは依然として市場に任されています。日本やヨーロッパの株や債券は、とりあえず米市場の立ち直りを見て、市場への信頼感を取り戻すでしょう。ドルも強さを取り戻すはずです。しかし、ニューヨークの株の上げに対する当局の懸念が鮮明になった今、資金の行き場、選び場がいっそう難しくなったことだけは確かです。

《 have a nice week 》

 今週は筆者は本当は休みですが、あまり市場が大きく動いたので、自分の頭をまとめる意味でも書いてみました。ご参考に。皆様には良い一週間を。

関連リンク先

グリーンスパン議長の発言全文=FED発表文
米11月の雇用統計
ニューヨーク・タイムズの分析記事

             <ycaster@gol.com>