INTERNET EDITION

  

第1327号 1996年12月16日(月)

 

at point of no return on single currency

 週末のもっとも大きなニュースは、欧州単一通貨ユーロの価値を維持するための厳しい財政条件を設定した「安定協定」(stability pact)でのEC首脳会議の合意です。この合意成立が13日。翌14日には、EUは97年6月までにマーストリヒト条約(欧州連合条約)を見直す(加盟国増大、現条約の問題点是正)ことを確認した。こうした一連の動きの中で、見出しの通り欧州は単一通貨について「at point of no return」に立ったといえる。

 「安定協定」は、最後まで「独仏が対立か」と見られていた部分。市場では、協定合意に対する疑念が出る度に、マルクが買われることが繰り返された。しかし、先週金曜日のニューヨーク時間の昼ごろ伝わった「協定合意」の報以降は、マルクは各国通貨に対して下落している。この傾向は、「単一通貨」が「no return」になった以上、しばらく続くものと思われる。幾多の揺れはあるにせよです。

 「安定協定」を巡る最大の論点は、各国の財政赤字がGDPの3%を上回ったときの罰則規定でした。通常の経済成長過程、または「底の浅いリセッション」(shallow recession)下では、違反した場合はGDPの最高0.5%までの罰金が課されることは決まっている。問題は、急速な景気減速(sharp economic downturns)が発生した場合。このケースにおいて財政赤字がGDPの3%を越えた場合に、その罰則適用の任意性をどうするか。ドイツは数値目標をもたせるなど、なるべく厳しくしたかった。一方のフランスは、なるべく任意性の範囲を残しておきたかった。最終的にどちらが妥協したのか不明な点が残りましたが、両者は歩み寄りました。今回の首脳会議で一つ明らかだったのは「とにかく合意にまでもっていく」という独仏の決意が固かったということです。

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 今回の首脳会議では、欧州が「単一通貨」に向かっていることを象徴する重要な発表がありました。それは、1999年1月1日から条件を満たした国に出回る「ユーロ紙幣」のデザインが発表されたこと。44の専門家が提出した案の中から採用されたのはオーストリア中銀に勤務するRobert Klielaさんのデザイン。5euro、10euro、20euro、50euro、100euro、200euro、500euroの7種類があり、それぞれヨーロッパ文明を古代から現代まで表象する橋、建築物の窓などを入れたもの。2002年までに、今の各国通貨はヨーロッパからは姿を消すことになっている。euroの硬貨の方は、来年発表される予定。現在単一通貨に参加すると予定されているヨーロッパの国々には125億枚の紙幣が使われていると見られており、これをすべて代えるわけである。紙幣の実物ができたというのは、「通貨統合」への大きな弾みになるでしょう。

 

has been born and born well

 「"The baby has been born and born well."

 スペインのMaria Aznar首相の発言ですが、幾多の疑念にもかかわらずヨーロッパが単一通貨に向かうことが明確になってきたことは、為替市場にも影響を与えるでしょう。市場の単一通貨に対する疑念が一つ一つクリアされ、それに対する関心が強くなる過程では、マルクの地位は低下する。1999年にはマルクは無くなるわけですから。マルクは今までは、同国経済の実体以上に、ドルに代替しうるという特性から買われている。

 ポイントは、この各国通貨に対するマルクの下落はドイツにとって「歓迎できる」という点です。通貨が下がってもインフレにならないという点に気づいたのと、同国経済の浮上に必要という結論に立つもの。最近のドイツの当局は対ドル、対円でもマルクの下落を歓迎する発言を繰り返している。マルク高が続き、景気が拡大のきっかけを失えば、財政に対する負担は増えますが、その際には「GDPの3%」以内という単一通貨規則に抵触する危険性も出てくる。フランスも同じ事情です。そういう意味では、独仏が歩調をそろえて金利を引き下げてくる可能性もあると見たい。アメリカも今のところ、欧州通貨の下落は許容する見通しです。

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 ドルの上げへの抑止力となっているのは、12月5日のグリーンスパン発言もあって動きが不安定になっているニューヨークの資産市場です。先週は結果的に株は大幅に下げ、債券も売られた。地合は極めて不安定だった。年末のポジション整理の時期と重なったと言う事情もあります。グリーンスパン連邦準備制度理事会議長の発言の意図は分かるとして、ではどう動くべきか投資家が決められないでいるというのが大きいのだと思います。この事情は、多分来年の初めまで続くでしょう。

 グリーンスパンの意図は「警告」です。明らかに意図的に今のニューヨークの株のレベルの高さ、そこに至るまでのスピードを歓迎していない。FRBの議長が株価について触れるのは、それ自体が非常に珍しいのだそうです。週末にネットの中で以下のような記事を見つけました。一部を引用すると

 「Greenspan's rhetorical reference to the
stock market was rare for a Federal Reserve chairman. The last
one came from William McChesney Martin in 1965. He compared the
prosperity of the mid-1960s with that of the 1920s. He made no
mention of the 1929 crash, but the immediate response to Martin's
comment was a sharp drop in stock prices.

 グリーンスパン議長は、こうした過去の事例を知っていたと思います。しかし、それは今週火曜日に開かれる連邦公開市場委員会(FOMC)で利上げが決定されると言うことを意味しません。多分、現在の不安定な市場で利上げすれば、ニューヨークの資産市場はかなり混乱するでしょう。グリーンスパン議長は市場の反応を確かめる時間を必要としているとみます。従って、金利は据え置きになるでしょう。

 ここで重要な役割をしているのが、次々に次期閣僚を決めているクリントン政権の中で重要性を増しているルービンの存在です。彼は先週

 「Clearly, Greenspan reminded people that
stocks can go down as well as up. "It was a question that
went to the framework within which one should look at investing,"
Treasury Secretary Robert Rubin said last week.

 と述べた。今のところ、ニューヨークの資産市場のスタビライザーの役割を果たしている。意図的に役割分担をしているようにも見える。しばらくは、グリーンスパン議長と役割分担の状態が続くと思います。

 それにしても、最近ニューヨークの株価に対してのグリーンスパン議長の発言、ドル・円為替相場についての日本の当局者の発言、ドル・マルク為替相場についての欧州首脳の発言と、「相場」と名の付くものへの各国首脳の発言が目立ちすぎます。相場は、政府高官の発言を重視することは確かですが、結局は「需給」で動く。需給の根本のところをいじらないで相場を思う方向にだけ進ませようとすれば、「市場」からの反撃をくらう危険性が強いように思います。グリーンスパン議長の発言も、このままニューヨークの株の上げが続いた場合のFEDの政策発動余地の狭まりを懸念していることはわかるとして、危うさを含んでいることは間違いありません。

schedule before Christmas

 今週の予定は以下の通りです。

 16日  日本の10月の鉱工業生産確報(通産省)
      米・ヨーロッパ連合(EU)首脳会議(ワシントンで)
      11月の米鉱工業生産・設備稼働率(10月は0.5%低下と82.7%)

 17日  米連邦公開市場委員会(FOMC
      11月の米住宅着工件数(10月は5.1%減)

 18日  11月の日本の貿易統計(大蔵省)
      松下日銀総裁会見

 19日  ドイツ連銀定例理事会
      10月の米貿易収支(商務省)

 20日  11月の米財政収支
      7−9月の米GDP確定値

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 クリスマス休暇の前ですが、重要な指標の発表がある。ニューヨーク市場は指標に敏感に反応するでしょう。為替に関連しては、19日の10月の米貿易収支が重要です。金融政策面では、FOMCの陰に隠れた形になっていますが、ドイツ連銀の理事会も注目して良いでしょう。先週末のEC首脳会議の直後だけにですから。

 あとニューヨークの資産市場(債券市場、株式市場)の動向も重要です。引き続き神経質な動きを続けると思えるため。ただし、よほど大きな崩れがない限り、ドルが大きく崩れることはないでしょう。euroの登場が徐々に動かしがたいことになるにつれて、欧州には資金を置きにくくなると思われるからです。

have a nice week

 週末は寒くもなく、雨も降らずと穏やかな週末でした。徐々に年末ムード。タクシーも今週が一番忙しいでしょう。夜遅くなり、タクシーを利用せざるを得ない場合は、少し用心した方が良いかもしれない。

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 私が使っている日本語ソフトはWORDの7.0ですが、英語のスペルチェックが付いていて
euro」と綴ると、「そんな単語はありません」と単語の下に赤線を引いてくる。新しい単語の登場です。実際に使われるのはまだまだ先だし、特に来年は参加各国にとって厳しいハードルをクリアするための試練の年ですが、既に紙幣は発表された。昨日は、このデザインをインターネット上で見つけようとあちこちを見たのですが、失敗。欧州の情報はなかなかうまくとれない。結局Japan Timesの写りの悪い白黒写真でかすかに見ただけですが、本物はカラフルなもののようです。実物が早くみたいですね。欧州の域内について言えば、1999年以降は参加各国の通貨は完全にfixされますから、ポール・マッカートニーが「THE POUND IS SINKING」(アルバム「Tug of war」から)で歌った「But everyone's still trading」の状態はなくなるわけです。「Everyone's trading」の環境は、アジアに移るかもしれない。

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 いろいろ面白いニュースがありました。日本の新聞で見かけなかったモノとしては、ニューヨーク・タイムスで読んだ人類の起源に関する記事が面白かった。つい3万年前まで、現在のホモ・サピエンス(Homo sapiens)と、ネアンデルタール人(Neanderthales)、それにホモ・エレクツス(Homo erectus)の「3」人類が共存していたらしいということが判明したというもの。これまでは、ホモ・サピエンスとネアンデルタール人は共存時代があったが、ホモ・エレクツスはこの二種の人類より遙か前に滅亡したものと思われていた。

 しかし、最近 JAVA Solo River沿いで発見された化石から、ホモ・エレクツスもつい2万7000年から5万3000年前まで生存していたことが判明したという。ホモ・エレクツスは今の人類より遙かに口が前に出ていて、サルに近いのですが、erectusということで分かるとおり、「直立」歩行している。今の人類の「文明」がはっきりしているのは5000年前くらいからですから、そういう意味ではつい最近まで erectus Neanderthals も生きていたことになる。この3人類がinterbreedしたかどうかは不明だという。何を考えながら、どんな生活をしていたんでしょうね。タイム・カプセルが欲しい

 NHKが先週の金曜日に特集でやっていた「21世紀への奔流」は、ポンド危機やメキシコ危機を取り上げた通貨問題の番組でしたが、「政策の誤謬に対するマーケットの是正機能」を全く無視していた。私は共産主義の恣意的な、むちゃくちゃな経済・政治体制を崩したのは、結局「マーケットの力」だと思っていて、そうした大きな市場の力を評価しようとせず、ただただ「マーケットは制御できない恐ろしいモノ」という印象を与えたのは見てきて「ひどい偏見だ」と思いました。確かに92年にポンドは危機に直面しました。しかし、今の欧州随一の繁栄はあの時のポンド切り下げがある。市場に任せたから利下げでき、英国は肩の力を抜いて政策運営ができた。

 「市場の力」に対する漠然たる期待がある一方で、まだまだ「市場の愚かさ」を強調する意識も日本のマスコミには強いようです。しかし、では政策サイドが常に正しいかというと、全く証明されていない。マーケットと政策サイドの「Tug of war」(綱引き)なのに、その点に触れていないのは非常に残念でした。反論ファックスを送ってしまいましたよ。

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 では、師走の忙しいさなかですが、皆様には良い一週間を。
             <ycaster@gol.com>