INTERNET EDITION

  第1344号 1997年03月14日(金)


two conflicting forces

 今週のドル・円相場は、二つの相反する大きな力の引っ張り合いの中で、基調は神経質にレンジ取引を続けながらも、最後に「軍配」をふるったのは米経済の強さを示す指標だった、という展開でした。相反する力とは、新しい期(平成9年度)の始まりが近づく中で、新年度からの日本の機関投資家が直面する「外物への投資圧力」と、逆に日本の対米黒字の増加に懸念を強め始めたアメリカ、及び日本政府のスタンス。そうした中で、アメリカの経済指標という「軍配」は、特に週の後半において前者の力(ドル高圧力)に味方した。

 新しい期を迎えての「外物への投資圧力」については、昨日の日経金融の一面に「簡保、外債投資を拡大」という記事が載っていましたが、この間の事情は、他の日本の金融機関についても当てはまる。日本の長期債利回りが低下する中で、4月からの新年度にはASSET ALLOCATIONを外物に多めに配分せざるを得ない、との機関投資家の姿勢は、各機関に共通のものです。

 日経金融の解説によれば、簡保の保険契約の調達コストは5%だという。今の日本国内ではよほど運用をうまくやらなければ、当然回らない。また生保などの新規調達コストは下がってきていますが、古い分を含めると依然として4%台だと言われる。機関投資家は運用競争が厳しくなる中で、投資先を「海外」に向ける可能性が高い。特に期の始まりの時期は、こうした新規投資圧力が出ます。

 簡保さんの場合は「外物引き上げ」といっても全資産に対して占める外物の割合は従来に比して「1%程度」しか上がらないようです。当面は。総資産98兆円の「1%」なら、1ドル=100円時代だったら98億ドルですが、今の120円時代なら80億ドル前後。日本の機関投資家が同じ円資金を投じても、買えるドルの量は少なくなっている。

 ここで重要なのは、日本の機関投資家が「外物のASSET ALLOCATIONを増やす」と言っても、大手になればなるほどその引き上げ幅は、%で言えばわずか数%の話だという点です。「機関投資家が外物を増やす」と伝わると、ALLOCATIONの振り子を大きく外物にスイングさせるように思いがちですが、それは違っている。よほど思い切ったところで、今まで「5%」だったのを例えば10%に近づける、といった程度。まだまだ全体的には慎重です。むろん、特化型は別として規模の小さな機関投資家は、もっと大きく振り子を振る可能性があります。また、これらのALLOCATION変更に伴う買いが重なれば、大きなドル買い圧力になることは間違いありません。

concerns on the fall of Japanese yen

 これに対して、ドルの上昇・円の下落に強い懸念を表明し始めたのが、アメリカ政府です。サマーズは、「日本が再び貿易収支の黒字を拡大することによって景気の拡大を目指すことは許されない」という形で、警告を発している。日本政府も、ドル・円相場の上昇に懸念を抱いていることはよく知られている。問題なのは、実際に日本の対外収支に、黒字幅の減少ペースの鈍化、単月によっては黒字拡大の動きが出ていること。

 4月の上旬には、日米の経済閣僚によるかなり高いレベルでの会談が予定されていますから、この時期に「貿易とドル・円相場」の問題が大きく取り上げられるでしょう。日本の機関投資家としても、この問題がある限りは「下値を拾う」という形のドル買いが買い手法の中心になる。なお、後の方で取り上げますが、アメリカの昨年の経常収支赤字は、史上二番目の大幅なものになった。

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 こうした中で実際に相場を動かしたのは、アメリカ経済の強さ、またはそれに関する認識だったと言える。特に木曜日の海外市場では、アメリカ経済に関する二つの強い数字が出て、ドルを大きく押し上げた。もっともこの二つの数字は、株式市場と債券市場では相場を大きく下落させた。

 二つの数字とは、「小売売上高」と「新規失業保険申請者数」。「小売売上高」については、昨日発表された2月の数字は「全体は0.8%の増加、自動車除きでは0.5%の増加」と、「それぞれ0.7%、0.6%の増加」を見ていたエコノミストの見方とあまり違わないものだったのですが、市場を驚かせたのは1月の全体の改定値。当初発表の「0.6%増」に対して、昨日出た改定値は「1.5%増」と増加幅は2倍以上に改訂された。これは1996年2月(1.9%)以来の高い伸び。「第一・四半期は落ちる」と見られていた消費者の消費が全く落ちていないことを示しており、これらの数字を受けて今年第一・四半期のGDP成長率見通しを引き上げるエコノミストも出ている。例えば、Deustche Morgan Grenfellのシニア・アナリストであるMarc Chandlerは、

 「The retail sales report was the big
surprise. This means that first-quarter gross
domestic product forecasts will have to be
revised upward, and right now this is
underpinning the dollar.

 と述べている。商務省は1月の統計の大幅改定について、

Commerce said the January revision, while
large, wasn't unusual and wasn't tied to
one particular item. The department said
calculating January retail sales is more
difficult than other months because many
retailers close their books in January.

 というスタンス。

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 もう一つ出た強い統計は、3月8日に終わった一週間の「新規失業保険申請者数」。アナリストの予想を3000人以上上回る5000人の減少となり、同週の総数は30万7000人と、4週間の移動平均では1989年5月以来の低水準になった。アメリカ経済は、引き続き「生産、消費、雇用」では極めて強い動きを示している。これらの数字を受けて、実際に成長率見通しを引き上げている向きが多いのですが、こと「金融政策」という面では、こうした「生産、消費、雇用の強さ」が物価にどう響くかというところが問題。

 過去半年くらいのアメリカ経済は、「生産、消費、雇用」の統計で市場はインフレ懸念を強め、「物価指標」でそれをさますということを繰り返している。今回の場合は、日本時間の今日、金曜日の夜10時30分に卸売物価が発表されるので、その数字が注目される。来週には、消費者物価も出ます。

 昨日について言うと、その他についても色々と面白い統計が発表になっている。

  1. 昨年一年間の米経常収支赤字が前年より11.4%増加して1651億ドルと、史上最悪だった1984年(1674億ドル)以来の高い水準になった
  2. 全米銀行家協会(ABA)の発表によると、経済の好調や低失業率にもかかわらず、クレジット・カードの滞納率( delinquencies、“事故率”という訳の方が良いのでしょうか)は、昨年第四・四半期で3.72%と史上最高になった(第三・四半期は3.48%)
  3. アトランタ連銀の調査による米南東部の2月の製造業の経済活動は鈍化し、企業活動指数(business activity index)は7.0と1月の13.8から低下した

 など。

stocks and bonds plunged

 こうし一連の統計の中でも、「小売売上高」「新規失業保険申請者数」を受けて、市場では利上げ観測が一気に高まり、株と債券は急落しました。株はほぼ一日中下げ続けて、引けはダウ工業株平均で前日比160ドル48セント安の6878ドル89セント。最も下げたのが165ドル安ですから、まあ安値引け。株については、「2月の投信流入額が195億ドルと、史上最高だった1月の291億ドルから大幅に減少した」とのニュースも出ていた。

 一方債券も急落して、前日6.86%近辺だった指標30年債の利回りは7.0%近くまで上昇したものの、引けは6.95%。過去一ヶ月で、30年債の利回りは約0.45%上昇したことになる。

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 「利上げ観測」は高まっていますが、3月25日に実際にどちらかに動くかは、極めて難しい問題でしょう。「利上げ観測」だけで株が落ちてくれるのは、グリーンスパンFED議長にとっては安心材料、つまり利上げを見送れる材料でしょう。株価の下落は、米経済や消費者にかかっていた資産効果が低下することを意味します。もっとも、credit card delinquenciesは増加するでしょうし、下げが続けばこれはこれで問題です。

 一方で、長期金利が上がって「利上げ催促相場」に債券市場がなれば、利上げを見送れば見送るほど長期債に売り圧力がかかり、金利は上昇しやすくなりますから、むしろ小幅でも利上げをした方がよいということになる。今までのアメリカ経済は少なくとも95年、96年は金利と景況がうまく自動調整する形で、結果として巡航速度の経済成長を可能にしてきました。金利が少し上がれば景況が鈍化し、下がれば景況が回復するという形で。高金利と景況の良さが併存するような形になれば、FEDとしては利上げせざるを得ない局面は出るでしょう。しかし、まだ「3月に利上げあり」と判断するのは早過ぎる気がする。

have a nice week

 雨が降りませんね。雨が降れば、助かる人がいっぱいいるのに。昨日のNHKの9時半の「クローズアップ現代」は花粉症問題を扱っていたようですが、私がこの病気(?)を知ったのは、70年代後半のアメリカでした。世界中で何人くらいの方が悩んでいるんでしょうね。「花粉症」というのがまったくない国というのは、あるんでしょうか。タバコ=(--)y-゚゚゚ の煙、自動車の排ガスなども、花粉症を悪化させる要因とか。
いい気持ちで (--)y-゚゚゚を吸いながら、花粉症に悩むというのは、同情に値しない。

 今年は、いつもの年よりかなり量が多いそうです。雨乞いでもしますか。それでは、皆様には良い週末を。

          <ycaster@gol.com>