INTERNET EDITION

第1358号 1997年05月12日(月)

 以下の分析に関して、「政府は常に無敵だとしなければならないとか」といった誤解が少し生まれているようなので、CLARIFYしておきます。

 いつも私が相場をやる上で頭に置いているのは、「政府は市場の一部だ」というものです。それ以上のものでも、それ以下のものでもない。市場関係者は、しばしば市場の常識(市場関係者が合理的判断と信ずる)とは相反することをするし、思考のタームが違う政府の行動や政府当局者の発言を馬鹿にしたがります。日本の大臣の場合は特に「市場に詳しいとは思えない人」ですから、余計そうなる。しかも、政府の論理はしばしば市場の論理とは相入れない「べき論」です。市場関係者にとって「べき論」ほど、とろく、目障りに見えるものはない。しかも、政府は常に市場にポジションを持っているわけではなく、時々しか入ってきませんから、市場参加者にしてみればその時は、「自分の芝生を荒らされた」印象になる。

 これはエコノミストと市場関係者の関係に似ていなくもない。大体が、エコノミスト、特に古いエコノミストは「べき論」をぶちます。政府の役人上がりが多いからですが、市場関係者から見ればこれはとろく見える。これは、視点のタームが違う若いエコノミストの書いたものを見るときにも、市場参加者がしばしば感じるものです。逆に、エコノミストのタームの違う視点にあまりにも影響される人は、市場ではしばしば動きについていけない。むろん、エコノミストはそれで良いのです。タスクが違う。タームの長い見通しを出すわけですから。しかし、相場を著しく動かすエコノミスト(かつてだったらカウフマン、数年前だったらバーグステン)だったらちょっと事情が違います。市場参加者は、それを理由に相場に乗ろうとする。しかし、全体的に言えることは、瞬時瞬時の相場変動に身を削っている市場参加者から見て、政府やエコノミストの説教は「dull」なものです。

 しかし、実際に市場でポジションをとれる政府と、エコノミストとはやはり違う。政府が市場に出てきた場合には、彼らは立派な「市場参加者」です。市場の一つの力だと考える必要がある。市場参加者と大きく違っているのは、彼らの「損益分岐点」が市場参加者とはまったく違うと言うことです。ないわけではない。しかし、許されるロスの規模は政府の方が格段に大きい。例えば、92年の秋にポンド防衛でイギリス政府が被ったロスを吸収できる民間の投資家は多くはないでしょう。損切りのレベルが違うのです。イギリス政府は非常に遠いロスカットレベルを持ちながら、それでも市場に負けた。誰も支援者がおらず、孤立無援で戦った結果でした。あの時は、背後にある論理が悪かった。イギリスがポンド防衛で続けられる高金利政策には、どうみても限界があった。ヘッジファンドなどから集中攻撃を受けた。いくら政府でも、抗しようがない。ですから、政府も一市場参加者としてむろん、負けることがある。

 そこで今回の場合です。92年のイギリス政府のケースほど、日本やアメリカ政府の立場が無茶だったわけではない。金利差には縮小の兆しがあったし、日本の対米黒字も増加していた。一説によれば、市場参加者の中にはヘッジファンドのような比較的当局的な考え方をする勢力もいた。だから、central bankersが今回は勝ったし、しばらくはそれが続く可能性が高いと見ているわけです。政府が市場に参加する時には、必ず理由がある。それが一番重要です。その理由の中にどれほどの正当性があり、どれほどの味方がおり、どのくらいの継続性があるか。それがより多く正当性を持ち、味方が多く、継続性が見えれば見えるほど、政府は単なる一市場参加者のレベルを越える影響力を発揮する。

 政府のスタンスを、くだらない、どうせ実現できない、と考えるのは自由です。しかし、政府も市場参加者の一人なら、彼らに正当な市場の場所を与えてやる必要があると思います。政府というのは、国際公約だとか、財政事情だとか、財界・政界との関係など色々なリスクを引きずっている。そのリスクは、しばしば市場関係者には分からない。しかし、それを読み政府の打つ手を読むのも市場参加者の仕事です。読んだ上で、ほかの市場ファクターと突き合わせる。そして冷静に力関係を考えるわけです。


 先週一週間の為替の動きと、当面の動向に対する筆者の考え方をまとめておきます。

結論から言うと

  1. 今回の外国為替市場でのドルの高値からの反落は、「完璧な当局の誘導作戦の成功」であり、その当局はドル・円為替レートの誘導目標を110円から115円の間に置いている
  2. 今後も当局の市場操作は続くと考えられ、ドルは少なくとも一度は誘導が止まる110円から115円の間まで落ちる可能性がある
  3. ただし、長期的には依然円安トレンドは続いており、このレベルでは外貨を購入する良いチャンスが訪れると思われる
  4. 当面のドル売りニーズを抱えている向きは、欲張らずに120円台を売った方がよい。ドル売り予約に余裕がある向きは、待つことも可能である

 

《 成功の理由 》

 こっそりと多少の資金(介入資金)は使っているかもしれません。国際金融情報センターの大場理事長が述べているくらいですから。しかしそれは、あっても限りなく少額です。つまり、当局(日本を中心に、あとアメリカの通貨当局)は資金を使わずにG7などの公の場で表明した「円安是正」を達成しつつある。

 成功の理由は二つだと思います。第一に一貫して「円は安すぎる」との立場を繰り返し主張し(マスコミを使い、市場関係者に語りかけて)、介入や円金利・円株の上昇まで示唆してドル買い持ち筋の疑心暗鬼を醸成したこと、第二にセグメント化している市場(為替トレーダーは為替しか、円債のディーラーは円債しか、株は株式トレーダーしか扱えないと言う)に対してトータルなアプローチをしたこと。

 市場は常に不安な人達の固まりです。お金には必ずコストがあり、またその運用には名誉と報酬の体系がかかっている。成功すればするほど、そのポジションにはある意味での不安(そろそろ利食った方が良いのではと言う)が募る。これに対して、当局はしばしば「一貫した姿勢」をとります。日本の通貨当局の「円は安すぎる」との立場がそうですし、言葉(wording)まで揃えてくるルービンの発言をもそうです。当局の姿勢が実体と大きく食い違っていれば市場から逆襲されるだけですが(92年のポンドを巡るイギリスの例など)、必ずしも完璧な正当性がなくても納得しうる理由がある場合には、当局は市場の不安心理を突き、相場を思う方向に動かすことができる。少なくとも暫くは。今回はまさにその好例だったと思います。休暇中ですから市場の動きを横から見ていたのですが、明らかに市場関係者は当局の手玉にとられていた。もし「市場のドル買い・円売りは正当であり、このトレンドを変えようとする当局は間違っている」と考えている向きがあれば、今回の局面はとりあえず「負け」を宣言して相場を考え直した方が良い。下手な信念は死を招く。利害がかかった市場参加者は、負け続ければ市場からの撤退を余儀なくされるが、当局は残れる。

 第二のポイントは、市場のセグメント性に対する当局のトータル性です。先月のフォレックス大会(東京会館で行われた)で行われた榊原・大蔵省国金局長の発言によく現れているのですが、「越権行為になってはいけないが」という趣旨のことを言いながら、実際には「円株」「円債」など東京の金融市場全体に触れながら、為替市場でのドル高・円安の行き過ぎに警告していた。参加していた市場関係者にしてみれば、円債や円株について理解はできるが自らポジションを持てる人は多くない。少なくとも日本の金融機関関係者にはいない。組織が縦割りになっているからです。やはりあそこに集まっている人の大部分にとっては、「円債」や「円株」がある意味で(ポジションがないという意味で)ブラックボックスなのです。しかし、当局は少なくとも自らの省の権限の中で、または同じ監督官庁の立場で連携を取れる。セグメント化された市場関係者は、自らが直接扱えない商品の市場で相場を動かされると、虚を突かれた形になる。今回の円高は明からに円債の売り、円株の買いを見てのこのスピードですが、セグメント化した各市場は相互に疑心暗鬼の中を右往左往した印象がする。当局のトータル性に近い性格を持つ市場参加者を探せば、それは「ヘッジファンド」です。彼らは、金融商品ならむろん、不動産から開発途上国のプロジェクト・ファイナンスまでやる。彼らにはトータル性がある。

 

《 ドル安 or ドル高修正 》

 少なくとも金曜日のニューヨーク市場を見る限り、アメリカ・サイドは今回のドルの下げを「ドル安相場」とは見ていない。「ドル安相場」とは継続的にドルが下がる相場で、これが始まると海外資金への依存度が高いニューヨークの金融市場では海外からの資金流入への懸念から、債券と株式には売り圧力がかかる。しかし、金曜日の場合は株も債券相場も上昇して、それぞれの市況記事にはドル相場の下げに関する記述はほとんどない。ということは、市場関係者の関心の外だったと言うことです。今週もドルがだらだら下げ、これに反応して債券相場が下がりだしたらアメリカのマスコミも取り上げるかもしれませんが、それまでは「強すぎたドル高の修正」という見方でしょう。ニューヨークの株が下げたとき市場もマスコミもある意味で安堵したように、このドルの下げを問題視する感じではない。ということは、先週後半の為替相場の動きはまだ「ドル高修正」、または「円高」だということです。ルービンもそうです。ドルが下げている最中にCBSテレビに出て、全くドルの下げを問題視せず、「日本と懸念を共有する」と述べている。

 日本の通貨当局がなぜこれほど一貫して「円安是正」にこだわったかは重要な問題です。経済企画庁が言っているように、これまでの円安にはメリットもあった。日本経済のデフレ圧力を緩和する一方、企業業績に貢献している。

 最大の理由は、「内需主導経済拡大」の国際公約でしょう。この公約は、貿易黒字が拡大しないで、実質GDPに良い数字が出ることによって実現する。「貿易黒字拡大の中での成長」では、国際公約実現とは言えない。貿易黒字が拡大したら、「内需主導」とは誰も認めてくれないからです。ここで重要なのは、例えば貿易黒字が拡大しても諸外国から見て「円安」ではないと思われる為替相場の範囲で起きたなら、日本としてまだ立場の正当性が言えるという点です。明らかに「円安」と認められるような為替相場の水準で黒字が増えたら、「外需主導の経済成長」と言われる危険が高い。その場合海外から出てくるのは、金融政策が既にいっぱいになっている中での「財政政策出動」への要求です。しかし、「財政再建」を錦の御旗にしている大蔵省はこれを許容できない。許容できないなら、そういう環境を作らないことです。まずは、円相場の妥当な水準への誘導(円高誘導)ということになる。この環境を整えないと、6月のサミットでも橋本首相の立場は苦しい。「内需主導経済成長」は国際公約になっているからです。大蔵省に対しては、国内からも財政出動への要求が強まるでしょう。

 当初大蔵省は、貿易黒字が多少の円安でも増えるとは思っていなかったとみらる。輸入の増勢が続いていたからです。しかし、今年の初めから黒字増加への懸念を強め、それが「財政再建優先」の大方針に与える影響を心配し始めた。それがずっと続いていて、事実黒字増の懸念は実際のものとなりつつある。余計、円安是正には熱心にならざるを得ない。

 ですからルービンは難しい立場です。円安がうまく修正されたら、本当は日本政府に言いたい「もっと財政出動して、内需主導の成長を」というのが言いにくくなる。アメリカの主張を日本政府に飲ます為に一番良いのは、「黒字が増えて経済が成長しない」場合です。ですから、本当はやはり円安是正は言いたくなかったと思います。事実言うのが遅れた。しかし、アメリカ国内からも「円安」に懸念が表明されるようになると(自動車業界など)、政治的立場からも「私もそう思います」と言っておかざるを得ない。ヘッジ行為です。政権としての。しかし、アメリカとしてはウォール・ストリート(金融街)の利害から見ればドルのレベル維持が望ましいし、メイン・ストリート(産業界)の中でも自動車業界のスタンディングがかつてほどでないことも確かです。ですから、「日本政府の懸念を共有する」という形にした。主体性に欠ける。本当は、その程度しか心配していない。

 

《 target will be 110-115 》

 このアメリカの姿勢は、当面維持されるでしょう。ということは、130円近くならまだしも、120円前後でアメリカが本格的に、かつ持続的に介入する可能性は薄い。としたら、「介入するなら協調」(三塚大蔵大臣)と言ってしまった日本もやりにくい。ドイツやヨーロッパはもっと協調介入参加の可能性は少ない。1.7マルク以下でドイツの高官が本気で「ドル高・マルク安を懸念する」と述べたことはなかったような気がします。先週のニューヨークの引けは、T.68マルク台でした。

 それでは介入がないのなら、またドルが直ぐに力強く上がり始めるかというと、怪しい。これは私の私見ですが、5月20日のFOMCはおそらく利上げを見送るでしょう。理由は書き出したら長くなりますから書きません。しかし、米債券市場もそれを織り込みにかかると思います。一方、円金利は少なくとも上げ止まりから低下に動くと思います。マーケットは頭を冷やして始まる。しかし、全体に見ればドル・円のフォワードの幅(金利差)は縮小傾向にあると見ます。少なくとも、今までのドル高・円安の背景だった「日米金利差はもっと拡大する」という認識はなくなる可能性が高い。市場心理として、また資金を運用する組織の意志決定のプロセスからして、たった一週間で高値から6%も落ちたドルを再び買ったとしても、今度は利食いが速くなるでしょう。また、高値のドルを抱えている世界中の投資家は、依然として「pale bull」のままです。このドル・ロングのポジションは膨大です。

 アメリカ経済の見かけの成長ペースも落ちてくるでしょう。第一・四半期は季節調整や天候の特殊要因があって、数字が膨らんでいる。一方、消費税引き上げの影響で景気悪化が心配された日本の景況に関する数字は、「日本の景気もまずまず」という方向で理解されるでしょう。ということは、円金利が今の高い水準から少し下がってももう一段の下げにはブレーキがかかるということです。一方、今回の円高誘導で成功を誇る政府当局者からは「円安に対する懸念」と、先の「G7合意再確認」の発言が繰り返されるでしょう。なぜなら、市場が「ドル高修正」と思っている間にドルを落とした方が良いし、依然として120円前後のドル・円相場は当局の意志に沿っていないからです。

 大蔵省や米政府高官の発言が円安警戒になったのは、ドル・円相場が115円に接近したときからでした。小川・大蔵省事務次官や榊原国金局長の発言の経緯をたどるとそうなる。彼らの一貫性から考えると、誘導で念頭に置いている水準は「100円割れの行き過ぎた円高水準が視界に入らない110円以上」で、「円が安過ぎもしない115円以下」ということになる。経団連の豊田会長はずっと100円から110円の間が良いと述べてきましたが、政府当局はそこまでは望まないでしょう。中小企業のことも考えねばならない。従って、110円台の前半は当局リスクなくドルが買えるレベルと言うことになる。この「ドルがfirmlyに買えるところ」まで下がれば、あと買い下がりをするにしても今度は「bull」でいられるでしょう。その水準を110から115円の間と見ます。

 こんなに当局が考えるように相場はうまく動くでしょうか。安いドルを買いたい向きはまだたくさんいる。しかし、今のドル下げの勢いの中であせってドルを買う人がどのくらいいるか。一方で、高値つかみのドルを持っている向きは、今度は上がれば売る。ドル・ロングの世界的なポジションが妥当なレベルに落ちるまで同通貨は下がる、もっと言えばドルに対して「bear」な見方がかなり大勢として強くなるまでドルは下がると考えるのが自然だと思います。ということは、当局のオペレーション成功の確率はかなりあると見ます。

 当局の円安是正の動きは、少なくとも6月のサミットまで続くと思います。そもそもそれが大きなターゲットになっているからです。その後はどうか。そこはやはり基調的な円安圧力は強いと思慮される。内外一体の市場では、各種税金の高さや依然として存在する金利差から日本からの資金流出圧力は強いと思慮されるからです。ということは、ビッグ・バンまで睨んだドル高基調の長いトレンドの中で、今はかなり大きな修正局面と見ます。  
                 ycaster@gol.com