第1361号 1997年05月23日(金)

 26日の News and analysis はお休みです。海外市場の大部分も休みですし。

 

《 finding some room to settle 》

 激しい動きをした一週間でした。週の前半は明らかに狼狽とも思えるドル売り・円買いが重なり、ドルの安値・円の高値では111円98銭があった。しかしその後は、ドルの全体的な強基調(対欧州通貨)が崩れない中での、また短期的にはアメリカの貿易収支赤字縮小の報がある中でのドルの買い戻しが優勢となり、ドルも対円で110円台の半ばまで戻している。

 今週月曜日のレポートで、週初の「円高バイアス」が強い段階でのドル・円相場の下値トライの後にドル高に動くとしたら、「当局から円高のピッチが速過ぎる旨の発言が出ること」と「円金利の先行きに関する観測の変化」がポイントと書きましたが、今週はこの二つに関していくつか発言がありました。それぞれ微妙な言い回しながら、マーケットにはそれと分かる形で、「円相場の上昇が、特にスピードにおいて妥当なペースを越えたこと」、そして「(円の政策金利の操作に関して)専管権限を持つ日銀の立場を尊重する」発言が大蔵省サイドから出て、円相場上昇・円金利上昇観測に一応の歯止めがかかった。円金利を巡るこの春からの一連の動きの中で、表面的に聞こえてくる声としては「大蔵=金利上昇観測」「日銀=慎重姿勢」という色分けでしたから、週の後半になって三塚大蔵大臣が「日銀の立場」への配慮を強調したことは、市場の「円金利上昇」観測をかなり薄める形となった。

 少なくとも円相場の上昇ペースに対する懸念が表明され、また円金利の上昇に限度が見えてきた中では、ドル・円の為替相場は110円台の半ばで一応の落ち着きどころを見つけた可能性が高い。実際に行ってあと急激に反発した110円台のローは当面は売り込みにくい。買い先行となるでしょう。一方、しこり玉を多く残した120円前後はしばらくはドルの戻り売り局面となる可能性が高い。ただし、ドル・円相場はいったん止まれば、依然として大きい金利差が大きなファクターとなりますから、ドルが円に対してcreeping upする可能性が出てくる。今回のドルの落ち局面でうまく売り抜けた機関投資家の中には、10円以上落ちたドルを買いたい向きもあるでしょう。従って、一度下を試したドルに関しては、今のバイアスはドル・フェーバーに向いていると言える。

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 ただし何回も指摘しているように、今のドル・円相場で重要なファクターは円金利で、この金利を巡ってはかなり市場外(政治的、社会的)要因が入り始めている。その中にはかなり乱暴な「利上げ待望」論が入り込んでいるのですが、神経質になっている円金利市場のレートを一時的に動かす要因にはなっている。従って引き続き円金利の動向に注意する必要があります。為替に関する当局者の発言は、かなりトーンダウンするでしょう。あと、為替に関する日米当局者の発言はサミットの前後に再び活発化することが予想される。

《 more focus on European and Asian markets 》

 為替に関する関心は、過去2週間あまりのドル・円中心から欧州通貨やアジア通貨に分散する可能性が大です。円金利を背景に持つドル・円も引き続き主役ですが、欧州ではフランスで総選挙があり、ドイツでは金・外貨準備の再評価益の財政赤字埋め合わせ使用を巡る動きが政治的波紋を広げている。隠れていた問題が顔を出してくる可能性が大です。

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 タイ・バーツを巡っての攻防はすさまじいものがある。92年のイギリス・ポンド、94年のメキシコ・ペソを巡る騒動を彷彿とさせる。一つ違うのは、バーツ防衛で特に東南アジアの中央銀行が共同戦線を組んでいる点で、ヘッジファンドやその他投機筋が今はどちらかというと劣勢に立っている。しかし、「とても戦いが終わったとは言えない」(ウォール・ストリート・ジャーナル)というのが実体のようです。

 タイは、92年のイギリス、94年のメキシコが抱えていた問題をかなり共有している。景気鈍化は深刻化しており、その面では金融面でも利下げによる刺激策が必要なのですが、「為替レート防衛のために、金利は持続不可能なレベルに高止まりしている」(スミス・バーニー)という状況。しかも、タイの銀行業界は不動産融資で多額の不良債権を抱えて、その面からも金利低下が必要と見られている。貿易収支は赤字です。バーツ売りの主力筋は、「ドルを中心とする通貨バスケットにリンクしているバーツの切り下げは必至」と読んだ。

 バーツの市場規模は、一日当たり10億ドル相当と言われる。一日当たり2500億ドル相当の取引があるドル・円、ドル・マルクに比べると極めて小さい。そこで大量のバーツ売りが出たから、当然当局にとっての「通貨危機」が発生した。バーツは、ドルに対して急落。当局が取った手は二つです。まずは、1995年にシンガポール、マレーシア、香港などの通貨当局と結んだ相互援助取り決めに従って、バーツ買い・ドル売り協調介入の実施。ウォール・ストリート・ジャーナルによれば、介入総額は120億ドルに達しているという。

 もう一つは、オフショアの借り手に対するバーツ供給の停止。これは国内銀行、外国銀行のタイ支店に対する強い要請という形で行われている。94年のマレーシア中銀流です。売っている向きは売り玉のポジションのロールにバーツが必要ですから、当然バーツ金利は暴騰する。年率で1000〜1500%に達していると言われる。これだとバーツのショート・ポジションの維持には、一日当たり3%のコストがかかるから、バーツを売り向かっている向きには痛い。この措置は、主にバーツをスポットで売っている向きに打撃です。ただし、バーツ売りを先物市場で仕掛けている向きもかなりあるらしい。

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 バーツが売り浴びせられている事に関しては、やはりタイの側にも政策運営の間違いがあったということでしょう。スミス・バーニーはここに来ての東南アジア諸国全体でみられる金融市場動揺に関して、「原因は構造調整の遅れ。この地域の国々は市場の警告を無視して構造調整を遅らせてきた。そのツケが来ている」と指摘している。特にその中で、タイが一番弱点を抱えているように見えたのでしょう。しかし、こうした構造調整の遅れは他のアジア諸国全体で見られる。市場の混乱はタイだけにとどまらず、時間を置いて他の国でも発生すると見るべきです。

《 Fed opted not to raise interest rates 》

 米連邦公開市場委員会(FOMC)は今週(米東部時間の20日午後2時15分)、公定歩合やFF金利の変更を行わずに閉会しました。この結果、米政策金利は少なくとも7月1、2両日の次回理事会まで据え置かれることになった。

 FOMCに関しては、市場のアナリストが「6:4」くらいの割合で「利上げあり」で予想していたこともあって、発表の直後には株や債券が買われて、ドルは売られた。しかし、今週月曜日の当レポートに書いたように「据え置き」を発表したからといって、各市場がknee-jerk reactionの後もパターン通りの動きを示したわけではない。米債券はその後売られ、ドルは反発した。FEDの金利操作以外にも、相場を動かす材料は数多くある。

 FEDの利上げ見送りに関しては、「景気鈍化の兆し」や「インフレ圧力の弱さ」などいろいろな理由が付けられている。当レポートは最初から「利上げなし」の見方でしたから当初から挙げていた理由にさらに付け加えることはあまりないのですが、一般に考えられている以上にFOMCのメンバー、特にグリーンスパン議長は目先の景気が強い・弱いという以上に長い目でアメリカ経済を見て、金融政策を考えていた可能性が濃厚です。

 筆者はこの点に関して、

  1. グローバル化や技術革新(コンピューターとそのネットワーク)が経済に及ぼす影響に咀嚼しきれない面(生産性向上や供給力アップに関して)が残るものの、実はそれらはインフレを抑制する力が非常に強いのではないか、という心証
  2. コンピュータライゼーションとそのネットワーク化による在庫管理の容易化などで経済の自動調節機能が高まっている中で、当局が頻繁に金利を変更することの必要性が低下しているとの判断

 の二つが重要だったと思います。これについて解説すると長くなりますが、グリーンスパン議長の議会証言や講演を詳しく読むと、彼が今のアメリカ経済の構造的変化に深い注意を払い興味深く監視してはいるものの、しかし最後のところでは「自分自身もついていけていないかもしれない」と多少不安になっている様子が伺える。On-goingの、かつかなりのスピードをもって進行していることであり、統計も揃っているわけではないからです。物価統計にしろ、生産性統計にしろ。だから援用してくるのは、「過去の例」だったりする。見極めがつかない。

 FEDの理事の中では、メイヤー理事などは「フィリップス曲線」、またはその延長としてのNAIRUnon-accelerating inflation rate of unemployment)の考え方を支持する旨を表明している(彼の4月24日のThe Forecasters Club Of New Yorkでの講演)のですが、グリーンスパンは公に表明している立場以上にこの考え方に疑念(従来言われている形での金融政策への援用に)を持っていると思われる節がある。「フィリップス曲線」や「NAIRU」の考え方にFEDが全体として従来通りの形でこだわっているとしたら、そして事実FEDの中に「フィリップス曲線」の強い支持者がいることから見れば、5月のFOMCの席で「利上げ」が決まらなかったのは、理解できない。今の失業率(4.9%)を考えればです。従って、この見方に対する異論が出たはずで、そうでなければ「据え置き」は決まらなかったと考えられる。(22日に当社に来たベア・スターンズのエンジェル前理事に「FEDはフィリップス曲線の考え方へのこだわりを捨てたのか」と聞いたところ、「わからない」との答えでした)

 インフレに対する「日和見主義的な金融政策」が一時注目されましたが、今のFEDの政策を全体的に表現するとすればそれは「Slow and small」、つまり「金利の変更はより慎重に、そして小幅なもので」ということになるでしょう。よって、多くのアナリストが「ほぼ確実」と見ている7月の利上げも必ずしも今の時点では判断できないと考えます。ましてや、7月は「0.5%の上げ」というような説には今の段階では賛成できない。

 

《 have a nice weekend 》

 この一両日はちょっと寒い。今週末はまた荒れ気味だそうで、梅雨入り前だというのにさえない天候です。今週「ひどい風邪を引きました」という人と電話で話をしました。この天気では頷ける。温度の上下が激しい。体調にはご留意を。

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 「うなぎ」(http://www.shochiku.co.jp/cj/unagi/index.html)という映画がカンヌ国際映画祭でグランプリをとって、久々に日本の映画界に明るいニュースでしたが、受賞の翌日に今村昌平監督(http://www.issay.com/shohei-imamura/)がNHKの朝の番組に出ていて、「日本では映画に回ってくるお金がないんです」と盛んにぼやいていたのが印象的でした。ご自分で映画の専門学校を設立されているんだそうですが、そこの卵を動員して人件費を抑え、ようやく作っているとのこと。「お金は必要なんです。絶対必要なんです」とも言っていた。

 アメリカの映画があれほど資金を潤沢に使える一つの要因は、市場が世界に広がっているからだと思いますが、私の数少ない印象では最近のアメリカ映画はあまりにもパターン化(出演者の人種的構成やオチの部分など)して面白くなくなっている。コンピューターを使ったりして目新しい手法はあるし、引き続きアクションの派手さはあるのですが、見た後何も残らない。「うなぎ」は、アメリカ映画には絶対ないものが評価された面もあるのではないでしょうか。そういう意味で、日本映画に復権の兆しはある。資金面でも少しでも明るさが出てきて欲しいのですが、もう一方では日本映画そのものも最初から「市場は世界」を念頭に置く必要があるような気がします。

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 それでは皆様には良い週末を。  
                 ycaster@gol.com