第1363号 1997年06月10日(火)

《 reasons to push yen and mark higher 》

 先週金曜日に発表された米雇用統計やニューヨーク株価の続伸(月曜日の市場で一時7500ドルを突破)から伺えるアメリカ経済の好調からは、かなり意外と思えるドル安が進行中です。ドル・マルクは先週末に記録した1ドル=1.74マルク台から、月曜日のニューヨーク市場の引けでは1.70マルク台に急落、またドル・円相場は先週末の東京市場の115円台後半、ニューヨーク市場の114円台から、月曜日の東京市場では一時111円台を記録した。

 しかし、これを「ドル安」というのは、今の段階では問題が多い。現象的に見えるドルの下げは、むしろ円とマルクの上昇の「ミラー」の可能性が高い。円とマルクの上昇を誘発している要因は以下の通りです。

  1. 円については、ドル・円が120円台の半ばから110円台の半ばに急落(円高移行)したあとも、特にアメリカの政治の舞台で「日本の経常黒字と、その増加傾向」を問題視する見方が強まり、市場の目がアメリカ経済の好調よりそちらを向き始めたこと
  2. 海外では元々弱かった「日本経済悲観論」が徐々に日本経済の先行き対する楽観論に転換し、円金利の先行き上昇見通しが強まったこと。それにアメリカの金利が特に長いところで低下して金利差縮小が生じ、また今後についても縮小見通しが出ていること
  3. マルクに関しては、先週金曜日に見られた「予定通りの発足、ただし弱いユーロで」の観測(ドル高要因)から、フランスの新政権が欧州経済通貨同盟のいわゆる安定協定(stability pact)の見直しを要求したことから、「ユーロの発足そのものが先延ばしにされるのではないか」との懸念(マルク高要因)に変わったこと

 

 などを背景としている。マルクと円がどこまで対ドルで上がるか、ドルが下がるのかはこれの要因の今後の展開次第ということになるでしょう。ただし、ドルそのものの地合は依然として強いと思慮される。

  

《 change in U.S. political scene 》

 アメリカの政治の舞台で「日米貿易不均衡」が再び前面に出てきそうな空気を端的に示したのは、金曜日のバーシェフスキー通商代表の「アメリカ政府は日本の貿易黒字の増大を懸念している」という発言です。これを受けて、ルービン財務長官も、サミットでの日本の黒字問題取り上げを示唆。クリントン政権は再選運動の最中はずっと、「我々は、日米貿易関係をうまく処理してきた。事実日本の対米黒字は減少している」という立場で、日米貿易関係を政治の前面に立てることを避けてきた。

 しかしクリントン政権が、こうした姿勢を変える政治的環境ができつつあるという見方がワシントンでは強くなっている。第一に、日本政府は強く否定しているし、事実そのためにも円高誘導したにもかかわらず、ワシントンでは日本が輸出依存の成長を目指しているとの見方が強いようです。第二に、既に米政治の中心は「次の大統領」に移ってきていますが、当然最有力と見なされるゴア現副大統領の有力な党内対抗馬であるゲッパート議員(民主党下院院内総務)がかねてからの対日強硬派で、「クリントン→ゴア」のバトンタッチを狙うクリントン政権としては「ゲッパート対策」上も「日米貿易不均衡」を取り上げざるを得ない環境に置かれている。ゲッパートが日本の黒字を選挙の争点にするのが明らかな以上、見込まれる争点で「我々はこの問題と取り組んできた」とのアリバイが欲しいという訳です。

 二人の有力な大統領候補が「日米貿易不均衡」を取り上げる気配を示せば、実際に次ぎの大統領選挙では「日本の黒字」が争点になり、その時に日本の黒字が大きければ、また増加基調にあれば「円高圧力が高まる」と市場は読んでいるわけでです。むろんそうした読みとは別に、依然として市場がドル・ロングになっていて、127円台まで進んだドル高が「調整局面」を残しているのも確かです。ゆっくりと長く続いたドル高(始まったのは95年の半ばからです)の期間に対して、127円からの円高局面はいかにも短期間で、円高相場が「まだ若い」という事情もある。

 一つ明らかなのは、市場はドル・ショートには転換していない、ということです。ドルは市場の内部要因からすれば、アメリカ経済の好調にもかかわらず売られ易い環境にある。問題は、その調整がどの程度済んだか、済んだときに市場参加者がどちらの通貨(円か、ドルか)のロングを作るかです。少し長い目で見れば、ドルが選好される可能性が強いのですが、5月から6月までに二度大きくドルが落ちた後では、勢い良くドルを買う向きはそれほど多くない、と予想することが可能です。ドルの戻りは鈍いと予想される中では、強い円高材料(円金利の上昇見通し、米政府の日米貿易摩擦に関する姿勢など)が出た場合には、円高の足の方が速くなると予想することができる。ただし、昨日もそうでしたが円高になればなるほど円金利には下方圧力がかかりますから、円高のペースはその面では鈍化します。

 

《 higher mark might be short-lived 》

 その点、今週に入ってからのマルク高は、円高よりはるかに速く終焉する可能性を秘めている。ドイツ経済には当面短期金利が上がる背景もなければ、アメリカと貿易摩擦問題を抱えている事実もないため。ファンダメンタルズや金利差が直ちに相場に波及しやすい。

 先の総選挙で勝利し、首相を出した左翼連合政府の「安定協定」(1999年のEMU発足以降の加盟国財政政策運営指針)に対する立場は非常に微妙です。選挙では、「安定協定の見直し」を公約の中に入れて勝利した。予定通りの統一通貨の発足は、「財政の引き締めを一段と厳しいものにし失業が深刻化するのではないか」との世論の声を集める形で勝利した。だから、「安定協定」の見直しを言い出さざるを得ない状況に置かれている。

 しかし、フランスの新政権は一方で、『「安定協定」を再交渉することはしない。「安定協定」が“経済的現実”をよりよく反映するように加盟国が協定を見直すことが望ましい』といっている。“経済的現実”とは、具体的には高い失業の水準と、それに対する国民の懸念を指しています。「安定協定」があるからといって、機械的に財政の出動が縛られては嫌だ、ということでしょう。しかし、『「安定協定」は再交渉しない』といっていますから、それではどこを直すのかが問題になるのですが、どうもフランスが求めているのは『成長と雇用創出を促進する経済政策の必要性にメンションした声明を「安定協定」に盛り込むべきだ』ということらしい。それでは、その「安定協定」に付帯される声明がどの程度拘束力があるものかは不明です。

 クルセンブルクでのEU蔵相会議で出てきたフランスの保留に対してワイゲル・ドイツ蔵相は、「フランスの新政権は安定協定の長期的目標、特に物価安定、経済成長を支持している。安定協定の主要部分――EMUにおいて一定限度を超す財政赤字を出した国に対する罰金を含む――を再交渉することはない」

 と述べている。

 ――――――――――

 市場は、「弱体化されたユーロの期日通りのスタートの場合は、ドル買い・マルク売り」、「ユーロの発足自体が先延ばしされる場合は、マルク買い」との理解でした。6月16、17日のアムステルダムでの「安定協定合意の為の会議」を間近に控えたフランス政府の姿勢を、『「安定協定」での合意遅延は、EMU自体の遅延を意味する』と受け止めた向きが多かった。それまでドル・マルクでドルを買っていた向きも多かったので、ドル・ロングの投げも出たと思われます。

 フランスの新たな主張が今後1〜2週間の間にどう解決されるか、または本当にEMUの遅延という形でことが進むのかは不透明な部分があります。しかし、フランスが欧州全体の政治的意志である「戦争のない欧州→そのための統一通貨」という大枠を崩すことはないと思われますから、依然として期限通りの発足の可能性が高いと思われます。

 フランスのStrauss-Kahn新蔵相も、「フランスは、EMUの発足予定日時と基準をともに満たす決意である」と述べている。ということは、マルク高は一時的に終わる可能性高い、ということです。少なくとも、問題として長く尾を引く危険性のある「円高」よりは、早期に決着する可能性が高い。

 

《 hope a good week to you 》

 先週は週の前半でしたが、札幌に伺いました。大勢の方にお会いできて良かったのですが、天候が異常に寒くて、ちょっと風邪を引いたりしていました。日中の温度が11度というのはビックリ。札幌でも、この時期としてはあまり例のない寒さだったそうです。女性の着ているものが東京と全く違っていて、北国であることを実感しました。

 ところで報告が遅れましたが、先週人事異動がありまして5年以上に渡って勤めて参りました「為替営業室長」をめでたく次の桑田君にバトンタッチすることになりました。「5年」は長い。一人の人間があまり一つの職位をキープするのは好ましくないことですから、当然だと思います。といっても、「総合資金部審議役」のタイトルはそのままであり、引き続き為替回りを見るのが仕事の一つとなりますので、今後ともよろしくお願いいたします。

 最近は、為替カスタマー班が毎週水曜日にレポートを出すなど、住信の情報提供の幅が広がってきている。ファックス送信ばかりでなく、今でもインターネットを使った情報サービスをしていますが、その発展形でもっとそれぞれのお客様にマッチしたサービスを実施する可能性を考えるのも面白いかもしれない。いくつかの構想は温めています。ネットワークの発達によって、今は情報提供のツールはいろいろありますから。

 それでは、本日はこれにて。

 
                 ycaster@gol.com