第1364号 1997年06月13日(金)

《 so much misunderstandings and sharp reaction 》

 アメリカや日本の政府当局者の発言やその解釈を巡って大きく荒れた一週間で、市場の発言に対する反応の仕方も、相場の足の速さも「too much」の印象が強かった。しかし、今後の相場を考える上でいくつかのポイントが明らかになりました。

  1. 予想通り日本、さらにはおそらくアメリカの通貨当局も当面のドル・円の為替レートに関しては110円―120円が望ましいと考えており、そのレベルを維持するためには「必要な発言」をすることに躊躇はしないこと
  2. アメリカ政府の懸念は日本の成長の弱さと持続力への懸念にあり、日本が「内需主導の成長」路線に乗ること、そのための規制緩和策の実施を依然として強く望んでおり、「内需主導の成長」ではない「外需主導の成長」になる危険性に関しては懸念を残していること
  3. しかし、このアメリカの「日本の成長パターン」に関する懸念はニュースの伝わり方もあって市場ではしばしば「日本の黒字問題への懸念」として取り間違えられ、よって市場は当面各国当局者の発言や日本の対外黒字の先行きに神経質にならざるを得ない環境にあること

 

です。相場の先行きに関する見通しとしては、これで2回の大きなドルの下げを経験し、円高

バイアスが相場に強く織り込まれたこと、またアメリカの金利が大きく低下して利上げ懸念が後退する中で、ドルが再び上値を強く追うには時間がかかる環境です。その間円に対するバイアスは若干円高にかかる可能性が高い。しかし、少なくともサミットまでは大きく動けない環境になったと見ます。

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 今週の市場で一番の焦点だったのは、「デンバー・サミットで日本の経常収支の黒字増大に関して議論が行われるかどうか」という点です。先週末からの市場は、バーシェフスキーやルービンの発言の伝えられ方などもあって、「討議され、それがかつての円高圧力につながる」と読んだ。

 11日と12日にこの問題に関して、ルービンやサマーズがかなり多くの発言をしている。まず「サミットでの討議項目」に関しては、開催地のデンバーで11日にローレンス・サマーズがスピーチを行い、サミットの議題として以下のようなものを挙げていた

  1. 世界的な経済成長
  2. 金融市場リスクをさらに限定するための措置
  3. アフリカやその他開発地域を世界経済に組み入れるための措置

この中には、「日本の黒字」はない。またサマーズは一部米有力紙の記者に、「今回のサ

ミットは、セクシーな問題がない」と嘆いたとも伝えられる。この発言からすると、少なくとも市場が先週末から今週半ばまで抱いていた「日米貿易問題が話し合われるから、円高警戒」というトーンの高い懸念は行き過ぎだったということになる。

 

《 important speeches by Rubin and Summers 》

 12日のルービン、サマーズなどアメリカ政府高官の「貿易」と「為替」に関する発言は、アジア市場における同日の外国為替市場の動揺や榊原・大蔵省国金局長の発言を受けたもので注目されたのですが、いくつかの点でアメリカ政府の立場を明確にしている。

 

★ ルービン財務長官(IRS問題に関する講演後記者団に対して)

「ドルは貿易政策の道具(tool)として使われるべきではない。外国為替市場の過度の変動は、望ましくない。ドルに関するアメリカの姿勢は、変わっていない」

「(サミットでことさら日米貿易問題が取り上げられるか、という質問に関して)日米貿易問題はサミットの議題には載っていない。しかし、首脳が集まったときには、あらゆる種類のことを話し合う」

 

★ サマーズ財務副長官(国際経済研究所での昼食会で)

「ドルや貿易政策の道具(tool)として使われるべきではない。当局者の発言に関する最近の市場の思惑(speculation)は行き過ぎている。強いドルは、アメリカの権益にかなう」

「日本での動向に関しては、注意深く監視している。しかし、橋本首相は内需主導の政策を取ることを繰り返し約束している。広範な分野での規制緩和は、日本の全世界に対する貿易不均衡を是正するのに役立つだろう」

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 サマーズ副長官は11日のデンバーでの講演では、「日本が積極的な規制緩和策をとれば、アメリカは日本の市場がより大きな(アメリカにとっての)輸出市場になるという点において、メリットを被ることができる」と述べている。以上の発言を総合すれば、

  1. アメリカの懸念は、日本の黒字の増大そのものにあるのではないし、日本の黒字がこのまま増大を続けると思っているわけでもない(この点はバーシェフスキーも認めている)
  2. しかし、橋本首相が繰り返し約束した「内需主導」の成長が顕著にならず、また規制緩和に時間がかかりすぎている中で、その結果として出てきている黒字の増大傾向には警戒感を持っている
  3. アメリカとしても外国為替市場の混乱は望んでおらず、アメリカがメリットを受ける形で、日本経済が力強い内需主導の成長に移行することを望んでいる

 

《 more focus on trade and service 》

 12日には、榊原・大蔵省国金局長も国際金融情報センターで講演しました。「行き過ぎた円高には断固として対処する」という部分が「介入」を示唆したとして一番相場に響いたのですが、一番強調したかった点は、

  1. 日本の経常収支黒字を押し上げているのは100兆円ある日本の対外純資産からの所得収支である
  2. 6%のクーポンとして年間6兆円の受け取りで、これで経常黒字が増大している
  3. 問題とすべきは、貿易・サービス収支であり、これは非常に小さい

 

 という部分でしょう。そもそも本当の意味で問題にすべき黒字は少ないのだから、サミットで問題になる筈などない、という論法です。この説明は、橋本首相がクリントン大統領に自らグラフを使って行ったといわれる。

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 市場のサイドにあるのは、橋本首相がクリントン大統領に約束した「内需主導の成長」「内需を増大させるための規制緩和」が本当にできるだろうか、という根深い疑念です。それができないのなら、アメリカの日本の経済政策に対する懸念は消えず、円高の火種は残ると市場は見る。そして、そうした潜在的懸念が、「日本の黒字に対する懸念報道」で時として市場に吹き出す。その瞬間には、市場はアメリカの対日懸念の本質や、日本の黒字の中身は忘れられる。市場のknee-jerk reactionが抱える本質的な問題で、マスコミのニュース報道の仕方にも関係してくる。例えば、先週金曜日のバーシェフスキーの発言を調べましたが、

 「最近数年間の傾向は、全体的には日本の黒字が大幅に減少する方向に向いている....」

 という前提で「しかし、アメリカは最近の日本の黒字増大を懸念している」と述べていて、その部分だけが報道されている。これは、フラッシュの字数が限定されているという事情にもよります。ニュースが流れた段階で相場は動いてしまう。そして、そのoverdone の修正作業には時間がかかる、というわけです。サミットでは、相場の過度の変動に対する対策も検討される見通しです。いずれにせよ、今のマーケットは通常のtwo-way market ではない。いってみればdisorderlyです。

 

《 have a nice weekend 》

 今日は為替以外にいろいろ書きたいことがあったのですが、また別の機会にしましょう。サマーズの発言には為替以外に驚くようなものがいっぱいあった。また、アムステルダム発で欧州のエコノミスト300人以上が、現在2000万人に達している欧州での失業を解消するために単一通貨計画を放棄するよう求めた、などが関心を引きました。

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 天気が非常に不安定ですね。今日は東京は綺麗に晴れていますが、週末はどうでしょうか。皆様には良い週末を。               

 
                 ycaster@gol.com