第1365号 1997年06月20日(金)

《 summit -- this weekend 》

 サミットを前に、日本とアメリカから今週発表された貿易統計は、日本の黒字の増加ぶりが顕著になってきていること、これに対して、アメリカの貿易赤字削減が思わしくないことを明らかにしました。日本で水曜日に発表になった5月の貿易統計(速報)は、バランスの黒が7382億円と、昨年5月の2290億円を222.2%上回った。

 輸入が前年同月比6%増加して3兆3366億円になったものの、輸出は20.5%増加して4兆1048億円となったため。輸出の伸びが顕著。黒字予想が6000億円程度だったから、大幅な黒字といえる。大蔵省が発表した5月分の地域別輸出入統計を見ると、対米は輸出が1兆1041億円で22.9%増、輸入が7812億円で6.8%増でバランスが3228億円の黒と、前年同月比で93%の伸びとなっている。黒字が倍増したと言うことである。

 一方、木曜日にアメリカから発表された4月の貿易統計によると、同月のアメリカの赤字は予想を下回ったとはいうものの、84億ドルで前月の78億ドルを上回った。これについてアメリカのデーリー商務長官は、

 「The weakness of Japanese domestic demand' has led to a 3% drop in U.S. exports this year. U.S. imports from Japan are up 4%」

 と述べ、アメリカの対日赤字の増大を「日本の内需の弱さ」に求めている。同商務長官はさらに、日本における規制緩和が貿易に影響を与えるか、と問われたのに対して

「 We do believe they will have a serious impact on the economy and improve domestic growth. That could affect the trade deficit which obviously causes political problems for all of us. If the deregulation measures are implemented quickly, he hopes to see some kind of impact by the end of the year.

 とも述べている。日本の内需振興やそのための規制緩和の促進については、サミットの前の日米首脳会談やサミットの場でも議題に上る可能性が大です。

 

《 Currencies shouldn't be used as 》

 私は知らなかったのですが、今朝のウォール・ストリート・ジャーナルによれば、クリントン米大統領は19日に日本のテレビのインタビューに応じて、

「 U.S. is concerned by the recent rise in Japan's trade surplus, but it supports Japan's efforts to secure an economic recovery based on domestic demand.
 と述べ、更に次のように続けた。
 「 Trade surpluses tend to fluctuate over time. 'The most important thing is open markets. Currencies shouldn't be used as trade tools. The dollar is strong because the U.S. economy is strong.」

 

 ここまで読んで一目瞭然なことは、アメリカの対日政策や為替に関する姿勢が首尾一貫・徹底しているということです。クリントンからサマーズまで、ほとんど同じ事を言い、同じ言葉で喋っている。つまり、「日本の黒字が増加しているのは、日本の内需が不足しているからである。内需を振興する大きな手段として規制緩和の促進を図るべきであり、そうすれば年内にも日本の対外収支に影響が出てくるだろう」「為替はこの貿易の流れを変えるための道具には使わない」というものです。

 年内に対外収支に影響が出る規制緩和とは何かは分からないのですが、日本の黒字が増加している限りは、この分野でのアメリカの要求は強まるでしょう。問題は、何でも直ぐに「為替への影響」という点で考える市場がどう反応するかです。むろん、日米貿易関係の緊張は基本的には「円高」圧力です。「為替を貿易の具には使わない」と言われてもです。

 アメリカの景況が徐々に落ちてきて、さらに景気の拡大下でもインフレが発生せず、金利が大きく上昇する可能性が無くなっている状況と併せて考えると、当面は穏やかな円高圧力が強いと考えるのが自然です。一方で、来年の外為法改正などに関連した資本の流出圧力も強いからです。

《 pockets of weakness 》

 さて、そのアメリカの景況・インフレ圧力を討議するFOMCについてです。5月のFOMC(20日)の前に「今回は絶対ない」と確信し、皆さんにそうお伝えした時ほど自信があるわけではありません。しかし、今週水曜日に出たベージュ・ブック(7月1、2日のFOMCの討議資料となる)や、同じく水曜日に発表された今年第一・四半期の米生産性伸び率の高さを見れば、次回のFOMCでも利上げがないと見るのが妥当です。ベージュ・ブックのサマリーの書き出しは、

 
「 All twelve district economies expanded in May and early June, although there were pockets of weakness and evidence of capacity constraints restraining growth in some industries. Consumer spending growth was weaker than reported in the last Beige Book, with several districts reporting slower growth in retail and auto sales. (*)Manufacturing activity appeared to remain at high levels and was growing in many districts, but there were some areas of weakening. Construction and real estate markets were strong across much of the country, but some districts reported pockets of weak growth. Overall lending activity was mixed, with stronger demand for commercial than for consumer loans. Labor markets tightened, leading to some wage increases. Although energy prices and some real estate prices were up, there were few reports of other price increases, and business contacts suggested that robust competition restrained upward pressure on final prices of goods. Agricultural reports were generally favorable, but cool weather and adverse moisture conditions hindered production in parts of the country.」

 引用が長くて恐縮なのですが、紹介したのには理由がある。このサマリーの頭の文章を読んで分かるのは、数えてもらえば良いのですが、「強い」(strong)とか「拡大」(expand)とか「良好」(favorable)など利上げの背景となりうる言葉と、「弱い」(weak)、「弱さ」(weakness)、「より弱い」(weaker)など利下げの背景となりうる言葉を比べてみると、ラフに見て均衡している。つまり、利上げの緊張感も、利下げの緊張感もないということです。この文章を討議材料とするFOMCで、予想外の利上げが決定される可能性は小さい。 

 今一つ「利上げなし」と確信できないのは、6月10日以降グリーンスパン連邦準備制度理事会(FRB)議長の関連講演がなく、同議長の現時点でのアメリカ経済に対する考え方が分からないからですが、その点同じく水曜日に発表された今年第一・四半期の米生産性統計は、同議長の考え方からしても「利上げなし」と判断できる重要な材料となる。

 米労働省によれば、同期の労働生産性の伸びは季節調整済み年率で2.6%と、昨年第四・四半期の1.3%の倍に達した。これは、1993年第四・四半期と同じ。3年ぶりの高水準。成長が速く、雇用もタイトな中でアメリカのインフレ率が上昇しないことに関しては様々な議論が展開されている。グリーンスパン議長自身がしばしば述べているのは、統計的には完全に把握しきれない「生産性」が上昇しているのではないかというもので、アメリカの経済論議の中でもっともホットな論争になっていた。

 生産性が上がれば、企業は調達資材の価格や賃金の多少の上昇があっても、利幅を減らさずに最終製品価格を据え置くことが出来る。実際の所、アメリカのインフレ率は少しも上昇しておらず、卸売物価は45年ぶりの5ヶ月連続低下、消費者物価も5月は全体・コアとも0.1%の上昇。極めて落ち着いている。再び「アメリカ経済はディスインフレか」といった議論がでるくらいである。政府が発表する統計でさえ生産性の伸びが証明されてくれば、経済がインフレ圧力を吸収するバッファーを持ったに等しく、たとえ多少景気が良くても利上げする必要性は低下する。しかも、ベージュ・ブックでは3月の利上げの時に指摘された「強い需要」が鈍化してきている兆しが指摘されている。(*)までの記述で、こうしたことから見れば「現状維持」と見るのが正しい。

 

《 one fragile segment -- stock market 》

 生産も好調、雇用も増加傾向で、インフレがない。活力に溢れ、ハイテクの主要な部分は抑え、身動きも軽い。確かに「理想的な形」のアメリカ経済にあっては、サマーズ米財務副長官がデンバーサミットを控えて

 
「The United States today is in an extremely strong position. We are the only military superpower. It is increasingly clear that we are also the world's only economic superpower. In an era of globalization, we are the world's most flexible and dynamic economy. And we are uniquely positioned to interact with the emerging world due to our global reach, the diversity of our people and the flexibility of our institutions. We dominate or lead in virtually every post-industrial industry. Think of Microsoft in software, Federal Express in shipping or Nasdaq in financial services.」

 とほとんど「勝利宣言」するのは分かる。しかし一つアメリカ経済に「不安材料」があるとしたらニューヨークの株価でしょう。今週は住信投資顧問の野崎部長などとも話をしたのですが、いくつかの点で今のニューヨークの株価には不安を持たざるを得ない環境がある。

  1. 株価の妥当性を見る目安として重要なPERが、今週末時点で19.55(97年収益予想に対するSPPER)となっており、ブラック・マンデーの直前の19.9倍に接近していること
  2. ファンド・マネージャーの資金の配分が今までの「銘柄を見て買う」という投資の原則から、「ダウを買う」という乱暴なものになってきつつあること

 などです。特に問題なのは、(2)です。ファンド・マネージャーがベンチマーク(ダウ指数)に負けたくないが故に特にreasoningもなく資金を配分するのは、89年の日本でも見られた現象ですが、一度市場が自信をなくすとfragileな動きを示す。確信がないから逃げ足も速い。最近ボストンの投資顧問会社に一ヶ月余の研修に行った三和投資顧問の井上氏によると、「ファンド・マネージャーはみんなニューヨークの株から逃げたかっていた。そういう観点から日本の株はどうかと聞かれた」と言っていた。ということは、逃げたくても逃げられずに顧客からのプレッシャーか、社内圧力かでニューヨークの株を買っているファンド・マネージャーがいるということです。その点では、ニューヨークの株は脆弱性を抱えている。

 グリーンスパン議長は、昨年12月に警告を発して以降、ニューヨークの株価に目立った発言はしていない。少なくとも公的な場ではです。同議長は、「企業収益が伸び続けるなら、株価が上値を追うのは理解できる」という趣旨のことを言っていた。事実、株価は上がってきてはいるものの、これまでは年次ベースで目立ってPERは上がっていない。企業収益が伸びてきたからです。

 しかし今後問題になるのは、「pockets of weakness」が見え始めたアメリカ経済の中にあって、企業収益が伸び続けられるかです。今週は、米コンピューター業界にあって受注販売で一番伸びていたデル・コンピューターが業績の下方修正を発表して大きく値を下げる局面があった。GATEWAY2000や、年内のPENTIUM値下げの方針を発表したインテルの株なども今週は下げる局面があった。ニューヨーク市場を先導してきたハイテク株には不安感が出てきている。

 アメリカ・サイドには、こうした時期だからこそ日本が内需刺激をしてアメリカの対日輸出が伸びれば「アメリカは得るモノがある」(サマーズ)という判断があるようです。日米首脳会談では、必ず日本の輸入増加につながる日本の内需増加策が討議されるでしょう。ただし、アメリカ経済の大きさから言えば、米企業は国内景気の先行きに業績を左右されると見るのが妥当。

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 企業業績が落ちることが明確になれば、予想PERは一段と高くなる。マーケットのfragilityは一段と高まることになる。一つの鍵はむろん金利です。PERが上がって金利が上がれば、典型的な「クラッシュ・シナリオ」です。今までは、景気拡大下で企業業績も上がってきたから、ニューヨークの株価の上げも無理ない印象があった。

 ニューヨークの長期債利回りは、一時の7%を大きく上回る水準から落ちてきている。市場が「景気が良くてもインフレが上昇する経済構造ではない」ということを悟り始めたこと、財務省証券の供給減少見通しなどが背景。この金利が低下基調にある限りは、金利面からのニューヨーク株式市場に対する脅威は小さいとも思える。

 しかし一つ確実に言えることは、グリーンスパン議長、ルービン財務長官を初め政府高官は、株価を押し下げるようなことを言うと訴訟にもなりかねない故に明確には言えないものの、「買いが買いを呼ぶ」危険な状況から抜けて、むしろ調整局面を迎えて欲しいと思っているでしょう。

 

《 have a nice weekend 》

 今年初めての本格的な(関東地方では)台風。今夜一つ約束があるのですが、「どうしようかな....」という感じですね。せっかくの金曜日なのに。台風のスピードを見て昼頃決めるというのも手かもしれない。

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 ところで今朝貿易統計を取るために大蔵省のサイト(http://www.mof.go.jp/)に渡って「月次貿易統計」をクリックしてびっくりしました。前は小さい字で非常に読みにくくて、「サイトの充実度では日銀(http://www.boj.go.jp)に比べると後れている」と思っていたのですが、それがえらく綺麗にまとまっている。全体、地域別、商品別(輸出入別々)と全部あって、これだと使える。あとは即時性ですか。これだけの統計を揃えて、リリース直後かしばらくの遅れでアップしていただければ、非常に便利です。ここから取った資料は村上以下のカスタマー・ディーラーに渡しておきますから、ご入り用の方は請求して下さい。

 土日はどうでしょうかね。晴れれば一番良い季節ですから。神宮球場では、5回かなにかを終わったところで花火をやっている。300発だそうです。ナイスですが、昨日見ていたら、球場の照明を消さないでやっている。Securityの問題があるのでしょうが、照明を消せば花火が一層綺麗になると思うのですが。

 それでは、皆様には良い週末を。 

 
                 ycaster@gol.com