第1369号 1997年07月04日(金)

《 MARKET_ALERT@LISTSERV.DOWJONES.COM 》

 今朝インターネット・メールをチェックしたら最初に出てきたのが午前2時14分(日本時間)に届いていた以下のウォール・ストリート・ジャーナルからのブレティン(ALERT)でした。ニューヨークの株式市場が閉まったのが午後1時(米東部時間)ですから、同紙は引けから14分後にALERTを打ったことになる。

Subject: Stocks Reach New Highs
Date: Thu, 3 Jul 1997 13:14:03 -0400
From:    Interactive Edition Editors
 To: MARKET_ALERT@LISTSERV.DOWJONES.COM
Stocks soared in a holiday-shortened session on Thursday, boosted by new signs that inflation remains at bay. The Dow Jones Industrial Average gained about 100 points, nearly reaching the 7900 level. For more information, see The Wall Street Journal Interactive Edition:
http://wsj.com/edition/current/summaries/money.htm
To check your portfolio, see:
http://wsj.com/portfolio-bin/PortfolioDisplay.cgi

 という記事でした。この短い文章で、昨日の時間短縮されたニューヨーク市場で何が起きたのかはほぼ把握できる。数字を入れると、ニューヨークのダウ平均の引値は、7895.81ドルで100.43ドル高。指標債券相場の利回りの引けは6.62%で、これは前日の6.71%を大幅に下回っている。今年2月19日の6.58% 以来の低水準。ドル・円の安値は113円38銭、引けは113円59−64銭。

《 Is U.S. economy in NEW ERA 》

 株高、債券高そしてドル安の背景となった6月の米雇用統計は、今朝の日本の新聞にも載っていますから詳しくはそちらで見てもらえば良いのですが、「失業率5.0%、非農業部門就業者数の伸び21万7000人」。失業率の上昇は事前の予想の中にはあまりなかった。5月は4.8%でした。就業者数は予想が22万5000人で、それよりは少し少ない。あと6月の雇用統計には、「工場における週平均労働時間41.9時間への減少」と「超過労働時間の4.7時間への減少」という弱い材料が加わっている。いずれも6分の減少です。

 市況記事を読むと、「これで利上げは当分ない」「インフレ圧力は減退する」との判断から、有価証券価格が上昇したと解説してある。しかし、6月の雇用統計は市場がユーフォリアを感じるほど、米経済の鈍化を示すものではありません。非農業部門の就業者数の伸びは、今年に入って5ヶ月間の平均である23万6000人からそれほど減少しているわけではない。5.0%の失業率が高いかと言えば、誰が見ても低い。

 エコノミストもそう見ているようです。「基本的には、アメリカの労働市場は逼迫しており、強いと見ている」(economist Cliff Waldman of the National Federation of Independent Business)という声が圧倒的です。アメリカの景気は、今年第一・四半期のGDP伸び率5.9%という高いペースから落ちてきたが、依然として強いというのが大方の見方。ですから、今朝の市況記事を読む限り、エコノミストの中には、「8月のFOMCではまだ利上げがある」と指摘する向きもある。

 それなのに、なぜ株式市場や債券市場が急騰したかというのは興味深い問題です。7月4日の独立記念日を控えたご祝儀ということもあるかもしれない。しかし筆者はもっとまじめに考えれば、「景気は良くてもインフレは高まらない新しい時代(NEW ERA)にアメリカが入ったのかもしれない」というまだ検証すべき事が多い楽観論の高まりが一つの要因だと考えます。ベースとしてこうした楽観論があったからこそ、市場は6月の小幅な「失業率の上昇、非農業部門就業者数の減少」に飛びついたのだと考えられる。一方ドルは、今まで金利の上昇予想を頼りに上げていましたが、それがどうも期待薄だということになった。下げざるを得ない。

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 アメリカにおいて「
NEW ERA」論のきっかけになったのは、私が知る範囲では、今年2月26日のグリーンスパン連邦準備制度理事会議長の
Is it possible that there is something fundamentally new about this current period that would warrant such complacency? Yes, it is possible. Markets may have become more efficient, competition is more global, and information technology has doubtless enhanced the stability of business operations. But, regrettably, history is strewn with visions of such "new eras" that, in the end, have proven to be a mirage. In short, history counsels caution.

 

 という議会証言発言だったと思います。この時は歴史から判断した「mirage として終わる new era 」のそれだった。

 しかし、これが必ずしも完全な「mirage」でないことを示す様々な兆候が出始めている。これは恐らくグリーンスパン議長(数字以外の経済事象を追うのに非常に興味を持った人です)も十分気付いている可能性が高い。彼の講演録などを読むと、そうとれる部分が随所に出ている。むろん、そうは言いませんが。

 今週は、その「NEW ERA」を論じる論文まで出てきました。私自身この問題に関しては深い関心があり今度出版する本(7月25日発売 日本経済新聞社刊「スピードの経済」)でもかなりの部分を割いているのですが、今日はとりあえず「FOREIGN AFFAIRS」に載った「THE END OF THE BUSINESS CYCLE」という論文を紹介しましょう。スティーブン・ウェーバー氏が書いたもの。

《 THE END OF THE BUSINESS CYCLE 》

 全文は長くここで全部紹介するわけにはいかないのですが、同誌のサイトに掲載されていたものをインターネットで取ってカスタマーに渡しておきましたので、それをお読み下さい。論旨は

 

  1. 1990年代に入っての米景気拡大でもっとも顕著なのは、インフレ圧力がないということである
  2. 通常においてインフレ圧力を高める二つの力――低失業率と高い設備稼働率――が、1990年代の景気拡大局面では通常の働きをしていない(not operating "normally")
  3. 次の六つの要因が、景気循環(business cycle)を緩和し、インフレ圧力を弱めていると思われる
    a. the globalization of production(生産のグローバライゼーション)
    b. changes in finance(金融における変化)
    c. the nature of employment(雇用の形の変化)
    d. government policy(政府の政策)
    e. emerging markets(エマージング・マーケット)
    f. information technology(情報技術)
  4. こうした六つの要因が、取引コスト削減、需給の流れの柔軟化、生産不均衡に対する是正、成長と調整のスムージングに役立っている

 というものです。この論文は、グリーンスパン議長が今年2月の議会証言の中では「NEW ERA」論に慎重だったことに理解を示しながらも、

「a growing body of evidence suggests that the world may indeed be witnessing important changes in how business cycles work.」

 と述べている。重要なのは、こうした見方が徐々に債券市場や株式市場に受け入れられつつある点。つまり、アメリカの金利は景気が極めて良い状態の下で上がる、上がると思われながら上がらなかった。景気が鈍化すればもっと下がるだろうと予想することが可能です。その最初の兆候が独立記念日前の債券利回りの急落だと筆者は見るわけです。

《 foreseeing 6.25% bond yield 》

 これをドルへの影響で考えると、景気が良いときでも上がらなかった金利が景気拡大ペース鈍化の中で下がるとすれば、特に対円ではドルは下げ圧力を受けると考えるのが自然です。従って筆者は、127円からの急激なドルの下げの中で同通貨を再び買う意欲が弱まっている中では、ドルはしばらく軟調推移せざるを得ないと見ます。

 ドルと円の相場を決めているのは日米間の対外収支状況も大きな要因ですが、これもドルが対円で上昇できない状況を作っている。今アメリカに資金を入れる理由としては、株や債券を買うというキャピタル・ゲイン狙いしか残っていませんが、これは日本の機関投資家にはできないでしょう。株は史上最高値に近く、債券相場は魅力だった7%の利回り水準を大きく下回っている。

 やや大胆な予想かもしれませんが、アメリカの長期債利回りは少なくとも6.25%程度まで下がると予想しています。今の世界経済にはビルト・インされたインフレ・ダンパーがたくさんある。ウェーバー論文が指摘しているのはその一部に過ぎないと考えます。加えてアメリカは極めて開放的な経済をもっており、景気が良くてもその他の国よりインフレ圧力は弱いと見ます。

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 今週の外国為替市場で目立ったのは、ポンドの急騰です。イギリスはアメリカ以外では世界でももっとも景気の良い国で、かつ今週水曜日にブラウン蔵相が議会に提出した予算案ではブーム状態の消費需要を抑えるには不十分との見方が、「金融政策への負担増大予想」となっている。来週にもイギリスの金利は引き上げられる(最低0.25%)との見方が強くこれがポンド高の背景。

 ニューヨークの引け段階でポンドの対マルク相場は2.9665マルクで、これは1991年5月17日以来のポンド高・マルク安相場。ポンドはまた対ドルでも1.6931ドルと半年ぶりの高値を付けた。しかし、アメリカと同じで景気の強さは基調的な金利の上昇にはつながらない。景気が落ちた段階で、ポンドも高値から反落する可能性が高いと考えます。

《 have a nice weekend 》

 暑い週末になりそうですね。今朝は電車に乗る前に既に相当暑い思いをした。我が家には今日から10日間オーストラリアの少年「James Le Compte君」(15才)がホームステイしますが、今は冬のオーストラリアから来てびっくりしないかと心配です。

 ホームステイを受け入れるのは初めてですが、本音を言うと結構楽しみで、「週末はどこに連れていこうか」なんて考えてます。まあ、主人公は子供達ですが。彼はシュタイナー教育を柱にする「Glenaeon」(シドニーの北ウィロビーにある)という学校の10年生(year ten)で、日本語、ドイツ語、数学、英語、科学、それに陶芸を勉強しているらしい。

 男2女2の4人兄弟。自分の家でも、ホームステイを既に3回受け入れたことがある、と手紙に書いてありました。趣味は、「surfingcomputers and mountain bake riding」だそうです。「computers」って何してるんでしょうね。もしかしたら、次世代のビル・ゲーツ。

 この暑いのに、風邪を引いている人が多い。お気をつけて。

 
                 ycaster@gol.com