第1372号 1997年07月18日(金)

《 up up and away 》

 アメリカ市場のトリプル高現象が続いている。木曜日は多少下がったものの、株はダウ工業株で見ても、もっと幅広いSP指数で見ても、さらには新興株の指数(ラッセルなど)で見てもいずれも史上最高水準にある。債券相場は、依然として強い「年内利上げ」観測にもかかわらず低下を続けて、週後半には6.50%を割るところまで下げてきた。さらに、ドルは対マルクで一時1.8マルクを回復し、また対円でも116円台を記録した。

 ダウが8000ドルに乗ったことを契機に、日本の新聞でもアメリカの「トリプル高」の背景には何があるかという「原因探し」が今朝あたりから始まっている。朝日新聞は、ニューヨーク・ダウの8000ドル台乗せに焦点を絞って、「米へ資金の流れ加速」と掲げて、「アジアは輸出主導の成長に翳り」があり、また「ヨーロッパは通貨統合への先行き不安」があり、世界的な資金のアメリカへの流れができているのが原因と分析。

 一方日経は、「世界のマネー=米を中心に先進国循環」と資金の流れに注目しながらも、関連記事で「米経済の体質転換=好況続く体質」ともう少し踏み込んだ解説を載せている。ではその日経の記事が何を「米国経済の体質転換」と指摘しているかというと、それは「好況を長期化させる構造変化」であるとして、具体的に「労働市場の流動化で賃金上昇圧力が弱まったこと」「情報技術の進歩で在庫や設備を需要に合わせて調整しやすくなったこと」を挙げている。もっともこの見方は、日経記者の見方ではなく「ゴールドマン・サックス」のもの。

 日経のこのニューヨーク発の記事は、また日本の新聞記事に登場した例としては極めて珍しく「ニュー・エコノミー論」を紹介している。「インフレが起きる」「企業のコスト削減は限界」という悲観論がここ一、二年で後退したことから、この「ニュー・エコノミー論」が台頭した背景と紹介。ただし、それでは「ニュー・エコノミー」が何を指すかに関しては、「最近の情報通信技術の進歩に伴う生産性上昇は計り知れない」というグリーンスパンFED議長の言葉を紹介するにとどまっている。

 

《 many keywords 》

 アメリカ経済で起きていると言われる構造変化に関する呼び方は、私が最近調べただけでも、片手の指の数では足りない。そしてその定義も大枠は同じであるが、筆者によって多少異なっていると思える節が強い。まず呼び方を列挙すると、

  new eras(グ議長が2月26日のHH証言で→過去はmirageのケースが多いと)

  NEW ERA(その後エコノミスト達が使い始めている)

  NEW ECONOMICSforeign affairsの論文などで使われた表現)

  NEW PARADIGM(ハーバード・ビジネス・レビューなど)

  NEW WORLD(ビジネス・ウィークなど)

  BRAVE NEW EONOMY(7月14日のビジネス・ウィークなど→new economy

  A NEW ECONOMIC AGE(7月14日のビジネス・ウィークなど)

 

 最後の二つは、一つの雑誌記事(Business Week 7月14日のAlan Greenspan's Brave New World)中に別々の表現として使われている例。それほど呼び名は定着してない。

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 ではいったいこれらの言葉が何を指しているかというと、「今までの経済の方程式を覆すような事態」を指していると言える。では、その「方程式」とは何か。

 

  1. 失業率が一定水準より下がると賃金・物価に対して上昇圧力が発生する
  2. 経済成長率が高いと、供給のボトルネックが発生して、物価上昇圧力がかかる

 

 などを指す。今のアメリカ経済ではこれが極めて顕著です。何か今までの「経済の常識」では理解できないことが起きているに違いない、という見方です。

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 一般的には、新しく現象に対して二つに大きな根拠を求めるのが普通です。

 

@市場経済の地球規模への拡大   →競争の増大(価格競争激化)

A新しい情報技術の社会への浸透  →生産性の向上

                       

 そしてもっと小さい、副次的な要因としては「労働者の賃上より雇用安定を望む姿勢」「労働市場の流動化増大」「規制緩和の進展」などが挙がっている。ニューヨークの株価や債券相場の上昇には、新しい経済現象への「楽観論」があることは間違いない。筆者は、この楽観論そのものには賛成ですし、それは今後のニューヨークの金融市場、ひいては日本を含めた世界の金融市場を考える上で極めて重要だと思います。これらの点がよく理解できていないと世界の金融市場の動きを捕捉できなくなる。

 

《 cautious on stock surge 》

 では、足早にダウで一気に8000ドルまで行ったニューヨークの株の動きに筆者が賛成かというと、実は極めて警戒的です。それは、「NEW ECONOMY」に到達するタイムスパンの問題と今後の成果の出方です。最近でこそ新しい名前を付けられてもてはやされているが、アメリカ経済はここに至る長いプロセスの結果としてようやく果実をかじれる状態になっている。そして今後もその果実を得続ける時間は長いものになるでしょう。それを急の楽観論の台頭で一気に消化・先食いして良いわけはないと思うのです。

 アメリカの「NEW ECONOMY」は実は非常に長い同国経済構成者(国、企業、社会、個人)の努力の結果として出ている。

 第一に、ベルリンの壁が落ちて世界全体が市場経済になったことに伴う成果は、国内の規制緩和を着実に進めた結果としてアメリカ経済に波及したものである。その成果とは、国内市場での競争激化と労働力の流動性の高まり(ソフト産業への移動)である。レーガンが規制緩和を率先して行い始めたのは1980年代の前半であって、それから10年以上の歳月を経ている。規制緩和の土台があったればこそ、1990年から始まった市場経済拡大の成果をアメリカが他の諸国に率先して得ているのである。

 第二に、「情報技術」と言われるが「技術」はそれを使う人間の歩調が合って初めて力を発揮する。最新パソコンを大量に買っても、それを使えなければ「情報技術」の果実を得ることはできない。そういう意味では、「技術」偏重の表現がまかり通っているのは問題です。それを使う人間のサイドの問題が極めて大きい。

 特に今の情報技術は「ネットワーク」「双方向」が根幹であって、それに参加している構成者全員のレベルがある程度上がらないと成果が出ない仕組みになっている。アメリカは世界の国々の中でもっとも速くコンピューターのネットワーク化に取り組み、参加者の足並みをそろえてきた実績の上に、「情報技術」の果実を得ている。

 その間、1990年代の前半に不況になった時でも、情報投資を落とさなかったという努力もあったし、会社なら全従業員、地域だったら全地域構成者、学校だったら全生徒・先生が双方向でこうした技術を使えるようにした努力の結果として、社会全体、産業界全体の生産性上昇の成果を享受している。これは、ここ一、二年の成果ではまったくないはずです。コンピューターはネットワークとして成熟して初めてその果実を企業や社会に落とすと理解するのが自然です。

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 とすると、今の株価が過去の成果を織り込んでいるのか、将来の成果まで先取りしているのかは非常に重要なポイントですが、筆者は「楽観論」ゆえに将来の果実までも先取りし始めている兆候があると考えます。少なくとも、「NEW ECONOMY」が実は非常に長いプロセスであったことを考えれば、今のペースは早過ぎるという印象です。

 しかし、こうした「行き過ぎ」への警戒感を残しながらも、株価が長期的には上げ基調にあること、債券相場がまだ買われておかしくないという見方は変えていません。

 いずれにせよ、7月22日のグリーンスパンの議会証言は極めて重要なものになります。彼が現在のアメリカ経済にどのような言葉を使うか、そして恐らく議員の質問に応える形で、株価についてどう語るか。今の強い楽観論の下では、グリーンスパンが警告しても株価はまだしばらく上がるでしょうが。

NEW ECONOMYに対する批判的意見に関しては、長くなりますでの後日にします)

 

《 dollar on the rise 》

 為替も特に対欧州通貨に対して強い展開となっている。一つ確実に言えるのは、ドイツはドイツでありながら、過去のドイツではないという点です。「護送船団の一員としてのドイツ」になりつつある。ティートマイヤーが「ドル・マルクの調整は最終段階」と言ったのは先週の木曜日でしたが、この発言は2〜3年前だったら相場を数百ポイント飛ばすに十分な発言のはずでした。しかし、相場は少し動いただけでたった一日でまたドル高に戻ってしまった。

 少なくとも一つの原因は、ドイツがドイツだけで動ける時代ではなくなったということだと考えます。ドイツの周りに、いっぱいそれより経済の弱い国がひっついている。そしてそれらを一緒にして経済の運命共同体を作ろうとしている。ある意味では、「護送船団」です。なぜ今頃、とアメリカ人も日本人も考える。なぜなら、ヨーロッパの抱える問題はシステムの柔軟性の欠如であって、いろいろな通貨を持っていることではない。通貨統合というのは、経済再生の観点から言えば明らかにポイントを外した動きなのです。

 確かに、通貨が統一されて物価のハーモナイゼーションや透明性が高まり、ヨーロッパのそれぞれの経済体も、柔軟にならざるを得ないということはあるかもしれない。これだと、回り道して通貨統合がヨーロッパ経済を変える原動力になりうる。しかし、これはあくまでも回り道で、欧州の抱える経済問題の根本に手を付けるものではない。こうしたパーセプションがある限り、欧州通貨のドルに対する軟調は続くと考えます。

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 ドル・円は、欧州通貨につられた面があるのと、一時のベア・センチメントが強すぎたこと、アメリカの資産市場が極めて強いことを反映して強含み推移している。しかし、120円に接近してまでドル高を誘発する背景はないと考えます。

 

《 have a nice weekend 》

 ところで、今週はちょっと変わった音楽会に誘われました。われわれのオフィスから伊藤忠さんはオフィスが直ぐなのですが、同期旧知の田中さんから、「ロビーコンサートがあるから」と誘われた。ロビー・コンサートとは、本当にビルのロビーでやるコンサートです。

 出演したのは、「ニューヨーク・シンフォニック・アンサンブル」。バッハ、テレマン、トップラー、ベートーヴェンなどをたっぷり2時間半聞きました。アンコール曲はアベ・マリアなど3曲。楽団の正面の席は、身障者に割り振られていた。素晴らしい。音楽も美しかった。クラシックはあまり生で聞く機会がない。終わったのが8時30分くらいでしたが、堪能できる機会でした。

 「New York Symphonic Ensamble」は8月3日まで日本にいて、各地でコンサートを開く。岡山、長崎、佐賀、大阪、茨城など各地でも公演。時間のある方はどうぞ。

 
                 ycaster@gol.com