第1374号 1997年07月25日(金)

《 although laden with caveats......》

 中央銀行総裁としての職責の一環として、証言のあちこちにインフレ再燃の危険性とそれへの対処(利上げ)で市場への「caveats」(警告)は埋め込みました。しかし、「最近の力強い成長と低いインフレを特徴とするアメリカ経済のパフォーマンスが例外的(exceptional)であること」の謎解きを試みたグリーンスパンFED議長の結論は、少なくとも当面の見通しとしては、「かなり楽観的」と受け取られておかしくないものでした。

 グリーンスパン議長はまず、戦後の典型的な景気循環と比べて現在の拡大が特徴的なこととして「現時点のインフレ率が景気拡大開始時点(92年時点)よりも低く、また設備稼働率が高くなった現在に至ってもそれが少しも上昇の気配を示さないこと」(measured price inflation is lower now than when the expansion began and has shown little tendency to rebound of late, despite high rates of resource utilization)にあるとしている。事実その通りです。今年に入ってアメリカの卸売物価は6ヶ月連続して下落している。

 当然出てくるのは、「なぜ」という問題と、そうした好ましい状況の持続性。グリーンスパン議長は、一時的な要因として、@政権・議会による財政赤字削減措置(長期金利引き下げに効果) A多くの業界での規制緩和(競争促進) BFEDの予防的引き締め措置(今年3月) Cドル高 Dグローバライゼーションの進展 ――などを挙げながらも、「the fuller explanation of the recent extraordinary performance may well lie deeper.」、「もっと深いところに、最近の特別良好な米経済のパフォーマンスをよりよく説明するものがあるかもしれない」と述べて、

「In February 1996, I raised before this Committee a hypothesis tying together technological change and cost pressures that could explain what was even then a puzzling quiescence of inflation. The new information received in the last eighteen months remains consistent with those earlier notions; indeed, some additional pieces of the puzzle appear to be falling into place.」

 と1996年の2月の証言で紹介した仮説を再び取り上げている。仮説とは、「a puzzling quiescence of inflation」の背景は、「技術革新」と「コスト・プレッシャー」というものです。そしてその後の議長の証言は、この「仮説」が最終的証明はできないものの、今の米国経済の実態を説明するのにかなり説得的であると指摘している。

 

《 Greenspan emphasized Timespan 》

 グリーンスパン議長が「技術革新」に関連して指摘しているのは、次のような点です。

 

  1. 1993年初めに始まったアメリカのハイテク機器に関する資本投資の急増は、その後衰えるどころかさらにトレンドとして強まっている
  2. 1993年初め以来のコンピューター・通信機器購入は、名目ベースで年率14%、実質(品質織り込み価格の低下を反映した)で25%という驚くべき増加を示した
  3. こうした新しい技術の持つ生産性向上の果実として、企業は収益機会の大幅な上昇を享受していると考えられる
  4. 生産性の向上が、より広範かつ持続的なものになるかはを判断するのは時期尚早である
  5. しかし、景気拡大期間の長期化の中で普通は低下する生産性の伸びが今回はそうした傾向を見せていないこと、給与支払いの増加にもかかわらず企業の利益率は高いままで、企業が生産性向上の新しい手段を見つけつつあることを示している、など生産性向上が「広範、かつ持続的」なものになる可能性が見える

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 グリーンスパン議長が、「コスト・プレッシャー」として挙げているのは、「“職に対する不安”の高まりと、その結果としての賃金上昇率の抑制」。グリーンスパン議長は1991年という不況の最中に「レイオフされるかもしれない」と考えていた労働者が全体の25%だったのに、好況の最中の96年にはこの割合が46%に上がった」という例を再び挙げている。

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 今回のグリーンスパン議長の証言で非常に注目されるのは、同議長がこうした技術の社会への波及・普及における人的、また時間的要素を極めて重視している点。グリーンスパン議長は、

「 When I discuss greater technological change, I am not referring primarily to a particular new invention. Instead, I have in mind the increasingly successful and pervasive application of recent technological advances, especially in telecommunications and computers, to enhance efficiencies in production processes throughout the economy. Many of these technologies have been around for some time. Why might they be having a more pronounced effect now?」

 と述べている。「個々の技術の登場」ではなく「経済全体の生産性向上の為には、コンピューターや通信を中心に技術の進歩がいかに広範に実際の経済活動の場で使い込まれるか」が重要というのである。

 これに関して昨日昼飯を一緒にした大和投資顧問の河野君が面白い見方を紹介してくれました。例えば、最新のコンピューターを購入する。そしてそれを全く使えない人の前に置く。そしたら、そのコンピューターは生産性を上げるどころか、下げる結果になるというのです。全く使われないものを作るのなら、資源の投入を他に回していれば経済全体の生産性は上がっていたはずだからと。

 ですから、グリーンスパンがここで言っていることは極めて重要です。筆者も18日のこのニュースで同じ様な指摘をしました。そしてどうもアメリカは技術の

「the increasingly successful and pervasive application of recent technological advances, especially in telecommunications and computers」

 で日本やヨーロッパより一歩先を行きつつあり、それが生産性の著しい上昇につながっているようです。グリーンスパン議長はまた、「様々な技術のシナジー効果」を重視する見方を表明した。職業病的な「警戒心」を説かない中で、「パズル」の謎解きをする過程で、「新しい経済」「新しい時代」のへ疑念を徐々に取り払っているのが伺える。むろん、議長自身が指摘しているように「あのときはそうだったのか」と確証が得られるのは数年先でしょうが。

 

《 some concerns 》

 グリーンスパン証言が全体的に楽観的だったとして、木曜日の引けまでに200ドルも上がったニューヨークの株は正当化されるでしょうか。ニューヨーク・タイムズなどには「グリーンスパン議長は警戒感を解いた」式の解説が見られます。しかし、筆者は証言を読むだけでも、株価の上昇ペースに対するグリーンスパン議長の懸念は伝わってくるような気がします。議長は、

「Soaring prices in the stock market have been fueled by moderate long-term interest rates and expectations of investors that profit margins and earnings growth will hold steady, or even increase further, in a relatively stable, low-inflation environment. Credit spreads at depository institutions and in the open market have remained extremely narrow by historical standards, suggesting a high degree of confidence among lenders regarding the prospects for credit repayment. 」

 中央銀行の総裁が、「soaring」とか「extremely narrow」などという単語を使うのは、そのものが「異常だ」と考えている証拠だと見ます。しかし、「では中央銀行総裁として何が出来るか」というと特に何かあるわけではない。そこがグリーンスパン議長の置かれた難しい立場です。

 

《 lowest level since July 1996 》

 米経済の好調は、その後も続いているようです。今朝読んだニュースでは

 「Initial claims for state unemployment benefits dropped in the week ended July 19 to 299,000, the Labor Department reported Thursday, their lowest level since July 1996. Economists had predicted jobless claims would fall to 330,000.」

 というのがありました。4週間の移動平均で数字を見る向きが多いと言っても、失業保険申請者数が30万を割るというのは、アメリカ経済の好調さを物語っている。

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 アジア通貨が引き続き売り圧力を受けている。昨日は、対米ドルでタイ・バーヅが史上最安値、シンガポール・ドルが32ヶ月ぶりの安値。マレーシア・ドルも大幅安。強いドルにリンクしている負荷がこれら通貨にはかかってきている。ドルは米国経済の好調を移して強地合を続けそうですから、リンクを続けようとしたら今後も売り圧力を受けるでしょう。国内の規制緩和をなるべく速くし、経済実態に合わせた為替レートを持つことが必要に思えます。

 マルクが引き続き安い。木曜日の海外市場ではドルが1.8400マルクまで上昇。ドイツの通貨当局もそろそろ警戒感を強めているようですが、「護送船団の一員」としてのドイツが動ける余地は昔ほどあるわけではない。昨日は、ブンデスバンクが金利据え置きを発表した直後にマルクが売られていた。ドルの基調的な強さは継続しそうです。ただしドルの対円での上げは限られたものになるでしょう。

 

《 have a nice weekend 》

 台風が接近している週末ですが、どんな天気になることやら。今年は台風が多そう。今週火曜日の紹介したクイーン・アリスのレストラン「TURANDOT」に関してある方からメールをもらいまして、

 「プッチーニの最後の作品になったオペラ『TURANDOT』が中国を舞台として作られ、TURANDOTはそれに登場 する中国の美しい皇女(初めは冷酷非情な姫だったが、最後は愛に目覚めて優しい女性に生まれ変わる)の名前です」

 と教えていただきました。TKS。とにかく一度行く価値があるレストランです。

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 レストランと言えば、昨日は勉強会があって恵比寿ガーデンプレースに行きましたが、あそこは駅から遠いですね。恵比寿駅から歩く歩道のある道を行ったのですが、長かった。終わって何か食べようと思ったら、あまり手頃なレストランがなかった。お昼は結構大変だそうです。でも、街が綺麗なことは確か。

 我々のオフィスがある青山は、選べるレストランの数という点では、極めて優れた場所です。既にいくつか紹介しましたが。

               

 
                 ycaster@gol.com