Essay

<2002年末の韓国(大統領選挙、ネット、そして人々の思い)-Cyberchat>

 韓国には今まで何回行ったか分からない。しかしどこか物見遊山だった。しかし今回の2002年末のソウル訪問(12月29~31日)は実に明確な目標を設定したものだった。私のサイトのこのコーナーの2002年12月25日分に以下の目標を掲げた。

  1. 韓国のネット環境の実情把握
  2. 特に韓国の政治におけるネットの役割
  3. 盧武鉉氏と李会昌氏のネット活用法の違い(その結果)
  4. 鄭夢準(チョン・モンジュン)さんが投票日前日に盧武鉉支持を取り消した後のネットでの交信内容とその変化
  5. 選挙日当日のネットでの情報交換の模様
  6. ネットを巡る政治的規制の状況
緊迫するソウルの米大使館前 2002年12月30日撮影  ソウル滞在中ほぼずっと私に付き合ってくれたのは、かねてからの友人・姜敞熙さん(カン・チャンヒ 日本で彼が紹介されているページとしてはこのセミナーでの場面など)の息子さんの信榮(シンヨン)君、25歳、大学生。韓国では徴兵制(26ヶ月)があるので、彼は留年している訳ではない。再来年が卒業で、「そろそろ就職のことを考えている」と。

 お父さんが忙しいという事情もあるが、実は行く前に姜さんに、まだ会ったことはないが当然日本語が出来るであろう(姜さんは家族を連れて日本に長く駐在していた)息子さんに「ガイドをお願いできないか」と頼んだのだ。姜さんも、信榮君も気持ちよくokしてくれた。なぜ若い人に拘ったかと言うと、今回の大統領選挙で盧武鉉を大統領にしたのは若者達の熱意だと聞いていたからだ。若者の意見を聞かなければ、彼らと一緒に行動してみなければ、訪問の意味はない。2002年末のソウル訪問は徹底的に「韓国の若者」に拘った三日間だった。

 信榮君や彼の友達と一緒に、時代の大部分は漢川が南限と言われたソウルの街を大きく変貌させた川の南の大商店街とデパートやシネマコンプレックスがある Coex Mall、住宅街の中のPC房、ソウルの秋葉原と言われる街、ミョンドンを歩き、加えて韓国の若手新聞記者や経営者の方々との意見交換することに時間を費やした。韓国は正月が旧正月の国で、年末・年始という考え方がない。欧米と同じで1月1日だけがお休みであとは通常通りというのが、私には都合が良かった。実際のところ、31日も街は通常通り稼働していた。

ネット選挙、そしてブロードバンド
  日本でもそうだが、今回の韓国大統領選挙は世界的に「ネット選挙だった」とよく報じられる。しかし、ネットが普及しているのは韓国だけではない。アメリカだって日本だってそうだ。ブッシュがゴアを破った大統領選挙だって、ただ単に「ネットが繋がっている社会での選挙」という意味なら、「ネット選挙」になりえた筈だ。しかし、にもかかわらず今回の韓国の大統領選挙がことさら「ネット選挙」と言われるのは何故か。

 信榮君とノサモ運動に参加していた彼の友人とソウル市内のPC房で1時間以上に渡ってノサモのHPをじっくり見させてもらった。私はハングルが読めないので、隣にノサモ経験者の同級生(信榮君と同じ年)に解説してもらいながら。彼は日本にも住んでいたことがあって、それがまた私の住んでいる高円寺だったということで笑ってしまったのだが、今はサンフランシスコを主な活動拠点にしている。彼とは英語で会話した。この文章を読んでいる方が、目の前に二台のコンピューターがあったら、片方でノサモのHP(http://nosamo.org/)を開きながら見て欲しい。

 2003年初めの執筆時点では新年の挨拶とか、献金募集ページとか副次的なページがいくつか出てくるが、それをどけて本来のページに戻ると、上の方にラジオとテレビのサイトへのリンクが見える。ラジオはhttp://www.radioroh.com/、テレビはhttp://www.tvroh.com/mov/mov.aspがURLなのだが、これをチェックしていてはっきりと「これはブロードバンドだから出来るのだ」ということに気がついた。つまり、このテレビサイトの画像を見ていると、実にスムーズなのだ。筆者の東京の家は実は光ファイバーで実質48メガが出るからスムーズなのだが、日本の普通のISDN回線ではこの画像のスムーズさは出ない。

 韓国は世界に名だたるブロードバンド大国である。実際的にはADSLの世界で、信榮君の家も8メガか12メガで繋がっているという。バッファリング(画像、音などのデータのサーバーからの取り込み)の時間もブロードバンドでは短い。サイトを進んでいくと、盧武鉉を応援した二人の俳優の1時間以上に渡る演説にまずぶちあたった。これが、実に鮮明にストリーミングで見れるようになっている。日本の政治家、政党のサイトで20分以上の動画を見たことはない。しかも、大容量の転送を必要とする音声、動画ファイルがふんだんに使われている。「へえ、これがノサモのHPなのか」と。なぜなら、政治的サイトの域を超えている部分がある。多様で、本数としても多い音声、動画が埋め込まれている。加えて、韓国の若者が「フラッシュ」と呼んでいた一種のアニメもふんだんに取り入れられている。これがまた実に面白い。大部分は支持者が自発的に作って、サイトに献上したものだという。

 ノサモのHPは投票日まで2週間くらいの間、閉鎖されていた。韓国では政治的サイトは選挙の間は政党しか運営できないという法律があるそうで、「盧武鉉を愛する人々の集い」としてのノサモは政党ではないという理由で、一定期間サイトは閉鎖されたのだという。しかし、サイト運営者の主役二人がノサモから千年民主党(盧武鉉を候補として)に入って民主党のサイトを運営したので、実際には組織としてのノサモはずっと選挙中も活動していたことになる。

 繰り返すが、重要なのはノサモのサイトが日本の政党や政治家の辛気くさい政治サイトというよりは、非常に幅の広い、遊びあり、映像あり、漫画ありで、政治に関心のない人々のニーズにも合うサイトになっている、という点だ。これなら、中学生、高校生でも関心を持つ。これが多くの人の関心を集めて、アクセス数の増加につながった。そのアクセス数が政治的力となり、献金の増大に繋がったと思われる。

 映像、音声とも非常に多様だったし、これはネットの特徴なのだが更新が楽だから常に最新のニュースがアップされ、いつ見ても飽きないシステムになっている。それを可能にしたのは、韓国が突き進んだ「ブロードバンド社会」というわけだ。インフラとして送り手と受け手の使っているシステムレベルが高い水準で一致しなければ、システムが持つ機能(テレビ、ラジオ、アニメなど)を十分に楽しめない。日本やアメリカはネット利用者のアクセススピードがまだ全般に遅く、ネットテレビを楽しく見れるレベルに届いていない。

 つまり結論はこうだ。日本でも政治的規制が緩和され、そして社会全体のインフラとしてのブロードバンド社会が普及すれば、「思わぬ政党だったり、思わぬ政治家が出てくる」可能性が高いということである。今の日本の政党の辛気くさいサイトでは人は集められない。音、映像、コミック、アニメ、書き込みなどなどを多彩に使って、中学生、高校生でもアクセスしようと思うようなサイトがブロードバンド時代には俄然注目を浴びる可能性があるし、アクセス数そのものが力となる可能性が強い。

 なぜそう言い切れるのかというと、これは今回多くの人がそう言っていたし、実際に選挙前の記事を読み直して見るとわかるのだが、盧武鉉というのはほとんど人々から半年前には本気には扱われていない候補だった。韓国の誰もが実は驚いているのではないか。それが本当に大統領になった。おそらく、既存のメディアに本気で扱われなかった彼が大統領になるにあたって一番力があったのは、ネットとそれを動かした若者の熱意だっただろう。

 強調しておかねばならないのは、ノサモ(選挙運動中は民主党)のHPにとって最大のコンテンツである盧武鉉という人そのものが、非常に面白い、語ることの多い人だと言うことだ。何を言おうとしているのかというと、政治サイトの最大のコンテンツは政治家そのものであり、それが面白くなければどんなにサイトにお金を使っても駄目だ、ということだ。

 盧武鉉がどれほど変わった人物だったかに関しては、日本でも数多く伝えられている。小学校時代の話から始まって、貧乏だったこと、頑固だったこと、独学で弁護士になったこと、韓国国会での辻元さん並みの質問で注目を集めたこと、自分の選挙区からではなく、不利な選挙区から出続けて負け続けたことなどなど。

 既存のマスコミと違って、ネットの特色は情報の流布のコストが異常に安いと言うことである。だからこそ、私はこうしたサイトを続けていられる。かつ、文章、映像、音などなど実に多様な情報のハンドリングが可能で、特にブロードバンド時代はその可能性が広がる。ということは、語るに足る、表現するに足る面白い人生を生きていたり、特徴ある顔をもった、特技のある人の方が情報横溢のネット社会では受け入れられやすい、ということである。そうじゃないと、ネット社会では書くことがなくなってしまう。テレビや印刷の世界では、ある程度の情報で紙面、画面が埋まっても、キャンパスが大きく複層的なネットの情報社会では並みの情報では足りない。盧武鉉は書くことが山ほどある、ネット社会にぴったりだった。

 李会昌はエリートで、語るべきことは少ない。皆が、「あそう、でどうした」と白ける話題ばかりである。良い大学を出て、史上最年少で最高裁判事になって....。それはそれで話題だが、皆が盛り上がる話ではないのだ。おまけに息子二人は徴兵を回避している(信榮君はこれが決定的な敗因だと言っていた)。李会昌はどう考えても、誰もが参加するネット時代のコンテンツではないのだ。印刷が主流だった時代の政治家である。李会昌もネットを使わなかったわけではない。しかし、そもそも最大のコンテンツ(李会昌その人である筈だが)がおもしろみに欠けるのだし、仮に面白いページを作ったとしても67歳という年齢は若者を引きつけるには行き過ぎている。韓国でもネットを盛んにやるのはせいぜい40歳までだから、李会昌のHPはあまり見られなかっただろうし、実際に李会昌と盧武鉉のHPのアクセスカウンターはダブルスコア以上の差がついた。

 ということは結論はこうだ。書くに足る、映像、音で載せるに足るコンテンツをもった人間が、ネット社会の政治家には相応しい。エリートでも、庶民でも良い。しかし、その情報を見た人、聞いた人が、「これは面白い」と思わなければダメだ。エリートにはそういう経歴は少ない。だからエリートなのだ。順調に行っている人をエリートという。ということは、今後はアピールする面白さをたくさん持った非エリートが民衆から選ばれる可能性が高く、語るに足る話題を持たない辛気くさいエリートが彼らに仕える形が先進国での政治・行政の一種のパターンになる可能性がある。

 ただし、ただ面白ければ良いのか。ネット社会の特徴は、対象に対して時にすこぶる辛辣になると言うことである。スキャンダルでもあれば、一晩でネットでの評判は墜ちる。ということは、「面白いが、決定的なスキャンダルのない人」が、ネット社会で大きな政治家要件を満たすと言うことだ。

その時から24時間
  鄭夢準(チョン・モンジュン)氏が盧武鉉支持を取り下げたのは、投票日の前日2002年12月18日の夜10時過ぎだった。盧武鉉陣営に大打撃と大部分の人は思ったし、韓国のマスコミもこれには衝撃を受けたと伝えられる。新聞の中には19日の朝刊に、「盧武鉉の陣営は、所詮こんなものだ」と書いたところもあるらしい。

 盧武鉉と韓国のマスコミの大きな図式を示すと、三大新聞である「朝鮮日報」「中央日報」「東亜日報」は基本的には反盧武鉉だったそうだ。テレビは国営が多く、立場は曖昧。こうしたなかで、鄭夢準が支持を取り下げた後、19日の投票日にかけてネットがどのような役割を聞き取っておきたいというのがソウル訪問の大きな目的だった。新聞は一日に一回しか印刷できない。テレビもしばりがあって個人の意見や民衆の意見を無制限に載せるわけにはいかない。しかし、ネットは自由だ。

 まず信榮君の友人の話。彼がノサモの運動に加わっていた人物であることは先に紹介した。

 19日の午前中はその後の出口調査結果発表でも明らかだったのだが、李会昌が勝っていた。昼頃にあるサイト(bulletin board)に「盧武鉉が李会昌に1%負けている」との書き込みがあった。この情報は、開票本部にいる誰かが流したとも言われているが不明。書き込みも誰がやったか分からない。しかし、この書き込みをきっかけに、ノサモのメンバー、特に20歳から25歳の若者を中心に「友達に連絡しよう」「投票に行き、盧武鉉に入れよう」という動きがネットを通じて広まった。ネットに書き込み、携帯電話をし、そして携帯メールを打ち合った
  ネットは眠らない。韓国の人たちはネットをする人をネチズン(日本ではこの言い方はほぼ死滅した)とよく言うが、彼らが主役だったことを証言するのは、彼だけではない。ある新聞には彼の証言を裏書きするように、「選挙の当日の昼間では李会昌が勝っていた。これは出口調査で分かっている。しかし、午後になって盧武鉉のサイドは猛烈にネットを使い始める。午後になってキャンペーンを始め、数万から数十万の人間をネットを使って瞬間的に動員した。相手のhpをダウンできるネチズンが動いたことによって、形勢は投票当日の昼から変わり始めた」という解説があった。

 ソウルで会った唯一の日本人である毎日新聞の澤田記者は、もうちょっと詳しく鄭夢準が支持を取りやめた時からのノサモの連中の動きを解説してくれた。 

 18日の夜中の動きですが、鄭夢準の支持取り止めで、盧武鉉の支持者達も「これでダメだ」と思った。すごく落ち込んだ。掲示板も悲観的な書き込みが多く、嘆き悲しんでいた。嘆きは一分間に何十もアップされてきた。しかし、だんだんそれをやっているうちに、むしろ心が落ち着いてきた。夜明けになって、むしろ「こんなんで負けていられるか」という気分になった。

 夜が明けて朝になったときには、一晩のネットでのやりとりを経て、戦意が沸いてきた。そこで、彼らは電話作戦、メール作戦に転じた。また、ノサモには象徴的な俳優が二人(明桂男など)がいた。18日に最後の遊説を行った。そこに鄭夢準の裏切りが伝えられる。この二人は直ちにインターネット・ラジオ局に行って、自分達のメッセージを入れた。これを夜中中放送した。李会昌が「やはり盧武鉉はダメだ」といったビラを撒くとの噂もあったので、夜警も行った。

 コスプレに興じる韓国の女の子 毎週末ヨイドのドーム19日の朝。電話と携帯メールとネットメール、掲示板で運動を開始、「もうしらけちゃった」という連中に「投票に行け」と呼びかける。あと権永吉(ホンヨンギル 候補者の一人でその票の行方が注目されていた)の支持者に電話をして、今回は力を貸してくれ、とローラー作戦を展開した。投票当日の午前中はお年寄りが投票に行くから、朝は李会昌が有利なのは分かっていた。それが逆転し始めたのが午後。盧武鉉勢力が本格的に動き出したためで、ノサモが熱心だった。

  おそらく韓国大統領選挙におけるこの24時間の動きの全貌を知っている人はいない。なぜなら、ネットが主流になりつつあるマルチメディア時代の情報の動きは、きわめて重層的、複層的だからだ。しかし、一つだけはっきりしている。それは、この24時間(鄭夢準が盧武鉉支持を撤回してから)については、既存のマスコミはほとんど機能を失っていた、ネットに全く主役をとられているということである。既存のマスコミは、「やっぱり盧武鉉は....」とか、「鄭夢準はひどい...」とか悠長な議論を展開していたに過ぎない。

 その間にネット(HP、bulletin board、メールなど)、携帯電話、携帯メールなどの新しいメディアは活発に動き、双方向のやりとりの中で意見集約し、投票意志の確認が進んだ。結果は盧武鉉再支持であり、それが選挙の結果に影響を与えたということである。つまり結論はこうだ。既存のマスコミは、その機動性、報道や主張の自由度、即時性、そして双方向性において、台頭しつつあるメディアに対して完璧に負けたということである。テレビや新聞にも双方向性はある。しかし、それはとてつもなく悠長なものであって、「24時間」といった勝負では、特に新聞は全く役立たない。ネットは瞬時、瞬時が interactive だ。

 既存のメディアには、その意見に指標性がある。それは依然として生きていると思うのだが、韓国の大統領選挙では最初からそれは失われていた。小泉首相が最初に党員投票で一位を獲得したときに既存の日本の政治メディアが狼狽の中で選挙結果を見守ったのと同じ状況だ。ネットなど台頭しつつあるメディアは猥雑で、ごっちゃ煮の面がある。韓国の今回の大統領選挙でもネットが綺麗な役割だけを果たしたわけではない。酷い中傷も行き交ったと聞く。しかし、何でも、つまり産業でも、人材でも、新しく出てきたものは胡散臭いものだ。既存のマスコミも、出てきたときは皆胡散臭かった。だとしたら、ネットだけを胡散臭いと考える理由はない。
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  開票は19日午後7時から。開票当初は大接戦だった両候補の得票率が徐々に盧武鉉有利に傾き、李会昌の事務所から徐々に人が引き始めたのは、鄭夢準が盧武鉉支持を撤回してからちょうど24時間後の19日午後10時半くらいからだった。最終的な得票差は60万ちょっとにすぎなかった。

北朝鮮....南の人々の思い
  2002年の韓国大統領選挙運動中、南の選挙の方向を変えかねない事件がいくつもあった。北朝鮮が1994年の米朝枠組み合意に基づく合意事項を覆して、核施設の封印を解き、IAEAの監視カメラを見えなくしたことなどである。日本やアメリカでは「朝鮮半島の危機の高まり」が声高に報じられ、論じられた。

 しかし、選挙は太陽政策の継続を主張する盧武鉉の勝利で終わった。むろん、盧武鉉にとって有利で、李会昌に不利な事件もあった。装甲車で韓国の女子中学生二人を殺してしまった米兵に無罪判決が出て、これを契機に反米運動が強まったことだ。これは親米を掲げる李会昌の陣営には不利で、盧武鉉に有利だった。しかし、日本やアメリカから見れば北朝鮮の核を巡る挑発的動きの方が、はるかに脅威に映ったし、韓国の選挙の結果を左右する要素に見えた。しかし、今回の選挙では韓国の国民がそう考え、動いた様子はなかった。つまり、北の脅威が李会昌の支持には繋がらなかったのである。何故 ?

 韓国の人たちから出てきたのは、「10年前だったら」とか、「いや、5年前だったら」という言葉だった。どういう事かというと、10年前、5年前なら北朝鮮が今回選挙中にとった行動が選挙の行方を変えたかもしれない、ということである。当時だったら、北の実体が見えなかった故にその行動は脅威になったはずだ、というのだ。ではなぜ今はそうならないのか。いくつかの理由がある。

  1. 北の苦境(食料ない、ガソリンないなど)が伝えられるようになり、北朝鮮が競争相手と言うよりは経済的にも追いつめられた、口だけの虚勢を張る国であると、余裕を持って見れるようになった
  2. 厳しい対立が残っていると伝えられているが、実際には北朝鮮と韓国の経済交流が進み、人も頻繁に行き来している中で、北を具体的な脅威と見る韓国の人々が減少している
  3. 脅威としての地位が低下した北朝鮮に比べて、ソウル市内に基地を持ち、韓国人を見下したような行動を取るアメリカに敵意が集中しており、その分だけ北の脅威を軽く見る風潮がある
  非常に象徴的な話を聞いたのは、31日に姜さんが知り合いの人々を集めてくれたランチオン・ミーティングの席でのある韓国の若手実業家の話だった。彼は最近38度線の展望台に自分の二人の男の子を連れて行った。そこで彼らに聞かれた。向こうにはどういう人が住んでいるのか....と。

 その実業家、かつ韓国の二人の子供のお父さんは、子供達にどうしても「向こうには悪い人々が住んでいるとは言えなかった」というのです。これは重要な発言だと思う。韓国の人々の北朝鮮に対する考え方は、我々日本人やおそらくアメリカ人が考えている以上に変わってきている。金正日は別としても、北朝鮮の人々を敵とも思わないし、悪い人間とも思えなくなった。30代の記者も、「北が脅威だという考え方の人は、我々の世代にはいない」と述べた。

 ソウル滞在中に読んだインターナショナル・ヘラルド・トリビューンには、面白い記事があった。アメリカがいくら北朝鮮を敵視しようが、北と南の経済関係の深化は続き、人的交流も進むだろうという記事。この記事(「North-South economic ties push on」)によれば、

  1. 2002年一年間の北と南の貿易高は6億ドルに達する見通しで、これは2001年を約50%上回る
  2. 過去5年間に平壌に訪問した韓国人は36000人に達し、北朝鮮の観光地として有名な Kumgangを訪れた韓国人は50万人に達した
  3. 韓国資本の北朝鮮投資も活発で、特にKaesong プロジェクト(3000の工場、10万の住宅、1100室のホテルなど)は韓国資本による最大の対北投資になる予定で、核を巡る緊張でもプロジェクトは続行している
  経済関係や人的交流の深化が、北と南の間では着実に進んでいるということだ。もっと面白い話をある人から聞いた。それは、北の情報の南への流布に関して。それによると、北朝鮮の北から川を渡って行ける中国の国境地帯には数万の脱北者が居るが、彼らは北の政府から比較的罪を受けずに行き来をしている、という。なぜなら、もう北の監獄は一杯だし、数も多いために北朝鮮としても脱北者をいちいち罰せられないからだという。これは日本で伝えられている状況とかなり違う。

 その結果、普及数で世界一の携帯大国である中国で入手した携帯電話を北朝鮮の人々が自国の北部に持ち込むことが、比較的容易に行われているという。電波は国境の川を越える。その結果、北の闇市の情報などは非常に正確に韓国に入ってきている。具体的に言えば、韓国からは中国に国際電話をかける形で北朝鮮の人々と連絡ができ、北朝鮮の北部・中国国境からは中国経緯で韓国に情報を流すことが可能だという。むろん違法だが、そういう形で南北間の情報の行き来は活発化している。

 しかし、「それにしても」と日本人である私は思う。北をそんなになめて良いのか、金正日は脅威ではないのか、体制として認められるのか、200万人もの人が餓死していると伝えられているではないか、北の人々は今の体制下で不幸なのではないか、救ってやらなくて良いのか、と。31日のランチオン・ミーティングでは韓国の人が9人くらい居たのですが、非常に特徴的なのはこういう点を矢継ぎ早に質問の形でぶつけると、一瞬場の空気が凍る、ということだ。お互いに顔を見合わすような、そして「この事情を知らない日本人にどう説明したら良いのか....」と思い悩んでいるような。

 はっきりしているのは、若ければ若いほど韓国の人たちは北の人々を同胞、同じ民族だと考えている、ということだ。彼らには戦った記憶もない。アメリカの新聞には、「韓国の若い連中は、なぜアメリカ軍がソウルに居るか分かっていない」という記事が載っている。そうした事情は確かにある。金正日に対する姿勢も、どうも日本人やアメリカ人とは違う。好きではないし、敵意がないと言えば嘘だが、だからといって金正日を頭から否定しているようには思えない。まして北の普通の人々への気持ちとなると、韓国の人々は自分たちとは違うとは思っていない。つまり、日本人、アメリカ人よりも北を「身内」だと考えている。

 彼らは言う。「脅威 脅威」と言われながら、50年間何も決定的なことは起きなかった。「だからこれからも何も起きないだろう」と。私からノドンやテポドンの話をしても、反応は鈍い。ここからが問題です。では、「統一」をどう考えているのか。韓国の人々が民族の同一を認め、それを受け入れ、そして強調したいのなら、早く北を吸収する措置を取れば良い、その方向で努力すれば良いのにと私などは思う。

 しかし、私の個人的印象からすると、多くの南の人々は朝鮮半島の統一が望ましいとは考えているが、自分たちの大きな負担になる形で北が南を頼って来てほしいとは思っていない。東西ドイツの統一の時には、西ドイツが多大な負担を負った。それはよく知られている。西ドイツは世界に冠たる経済大国だった。それでも負担は大きかった。ドイツは記憶では5600万人の国が、1600万人(東ドイツ)を吸収した。

 韓国は強くなっていると言っても、90年代末のIMF管理を脱したばかりである。統一となれば、増税あり、失業問題の深刻化ありと、課題は多い。つまりコストの問題なのである。本音の部分では、韓国の人々は北朝鮮に対して「騒がずに、今の体制のままで居て欲しい」と考えていると見ることができる。ましてや、韓国の人口4600万人に対して、北は2400万人もいる。吸収するのは、容易ではない。

 どこにでも、本音と建て前はある。建前では朝鮮半島は一つの国であるべきだし、民族は統一されるべきだ。しかし、実際のところは統一に伴うコストの問題から、早急な統一を望む声は今の韓国には少ない。しかし、そうはなかなか言えない。これは今の韓国が直面している大きなジレンマだろう。しばらく北にはおとなしくしていて欲しい韓国の人々にとって見れば、事態を揺さぶる金正日の強硬政策も、米朝対立も歓迎せざるものに映っているのだろう。私にはそう思える。

 最後に若い韓国人の北朝鮮の脅威に関する言葉を引用しておこう。

 北朝鮮の韓国侵略....あるかもしれない。しかし、それは日本が韓国を、アメリカが韓国を侵略するのと同じくらいだと思っている.....

 それほど、実際の可能性は小さいと思っているということだ。しかし、これが当たっているかどうかは、金正日に聞いてみないと分からない。

民族主義とその行方
  盧武鉉の選出にもその臭いが強いのだが、韓国に来て思うこと、そして彼らの行動パターンを見て思うのは、独特の民族主義的欲求、希求の強さだ。特に韓国の若い人々のアメリカに対する姿勢、ワールドカップでの熱狂ぶりを見ていると、韓国の人々には「民族」に対する強烈な思いがあるように見える。日本人が失ったものだ。

 それは何故か、というのは私にとってずっと大きなテーマだった。韓国が置かれてきた歴史的環境は日本やアメリカとはかなり違う。長い被支配の歴史があり、かつ戦後も分断を経験し、ドイツが東西を融合した後も世界で唯一残った分断国家の重荷を背負っている。これは私の勝手な想像だが、韓国の人たちがずっと日本や中国、アメリカ、ロシアに囲まれてきたこと、そしてそれらの国にもまれてきたことから、自尊心の回復、プライド、民族の地位の回復への熱意がいまだもって他の国々より、民族より強いのではないか。

 よって、民族的アスピレーションの方向から言えば、南北統一への希求は強い筈だ。しかし、今すぐにはそれを言い出せない。韓国の人々にはそれへの負い目もあるのかもしれない。その分だけ、彼らが呼ぶところの「外勢」(アメリカ、日本など外部の勢力)に対する姿勢は時に厳しいものになる。朝鮮半島の民族主義は、まだその行方を見つけたとは言えない、と筆者は思う。行き先を見つけられなくて、さまよっているのだ。
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  今回の韓国の大統領選挙で一つ面白かったのは、民族主義的色彩を持つ盧武鉉支持世代(386世代と言われている=1960年代に生まれ、80年代に大学を通過し、90年代に30台を過ごした)が、本来は国境を越える性格を持つ、もっとも開放的なツールであるインターネットを使いこなして、自分たちの支持する候補を当選させたことである。386の下の2030世代(20代、30代)、さらにレッド・デビル世代(ワールドカップ支援の原動力世代)はもっとそうだ。

 この問題に関しては、28日の中央日報に咸在鳳という人が386とインターネット世代という文章を書いているので、それをちょっと解説を含めて要旨を紹介しよう。姜さんが口頭で翻訳してくれたのを、私が書き取ったもので、文章そのものではない。

 今回の選挙は韓国の伝統的な地域主義に加えて、世代間闘争の選挙でもあった。韓国は97年、98年の経済危機でのIMF管理を経て様々なセクターで世代交代が進んだ。たとえば企業では50代以上が経営者も含めて放逐され、若い人々が幹部として台頭した。現在の韓国の企業の経営者の平均は50歳前後であり、それは銀行の頭取もかわらない。

 全体的に言って、IMF管理の中で台頭してきたのは386世代である。彼らは政治にも新しい風を求めて李会昌よりも盧武鉉を応援した。その後の今回選挙検証によれば、根強く残る地域主義に加えて、年代間の政治の捉え方、考え方に対する違いが、投票行動に色濃く出ている。

 その386世代と結びついたのがインターネットである。386は一種の民族主義的熱意に満ちていて、それはアメリカでの冬のオリンピックでの判定ミスに対する怒りやワールドカップで示された民族的自信を背景に、いわゆる外勢に対する反感をバックボーンにしているが、彼らは外勢に対する有効な手段としてネットを使った。

 たとえば冬のオリンピックの際には、アメリカ・オリンピック委員会のhpを過剰アクセスによって麻痺させた。つまり、本来はもっとも開放的で、もっとも国境を越える性格のものが民族主義の体質を内包する386と結びついたのである。386がネットと結びついた(本来違う性格の)のは以下の理由による

  1. 386世代の世界観を伝搬し、その世代を結集するのにもっとも効果的なツールがインターネットだった
  2. つまり、386の閉鎖的な世界観がもっとも開放的なツールにうまく乗った
  3. 具体的な例としては冬のオリンピックでのオーノ問題であり、米軍の女子中学生二人の事故死問題であった
  386世代のアスピレーションとは、①反独裁(民主化運動、古い政治の拒否) ②反外勢ーーである。それがツールとしてのネットを使っての政治的なアピールの可能性に気づき、民族的プライドの実現が可能であることに気がついた。ここで、「民族主義」と「反外勢主義」が結合した。

 盧武鉉は、母胎としては民族主義、反外勢の勢いに乗った大統領である。現象的に出ているのは、反米主義だ。盧武鉉がアメリカにも行ったことがなく、日本にも20年前にしか一度行ったことがあるという状況は、386の民族主義のムード(自尊心の回復、自信回復、外勢と対等になりたいという心)に合致していたかもしれない。

 しかし問題はこれから、こうした民族主義、反外勢の勢いに乗った大統領は、

  1. 政治の386からの容量の拡大
  2. 386を上回る包容力の提示(外勢に対しても)
  を実現して行かねばならない。386コンピューターでは、ネット仕様は無理であるからだ。
  と。これは盧武鉉政権がこれから直面する課題を端的に指摘・予言していると言える。新政権は、国内支持基盤の民族主義の底流と、経済の発展のために必要なインターナショナリズムの均衡を取らなければならない。また、盧武鉉にしてもおそらく理解の枠を越えている金正日という人間とどう付き合うのか。おそらく南の民族主義では金正日は包み込むことは出来ないだろう。この二方向の舵取りは、容易ではないはずだ。

PC房、ミョンドン、coex mall
  PC房というのは、日本にも大久保、新大久保あたりにもある。一般的イメージは、高速回線に繋がったPCが並んでいる部屋、といったイメージだ。実際もそうである。

 しかし私の疑問は、韓国のようにブロードバンドが家庭に普及した国で、なぜコンピューターを何台も並べたPC房が未だもって人気なのか、という点だった。なぜなら、ネットワークゲームなら各自が家に居ても遊べるだろうにと思ったからだ。

ソウルの住宅街にあるPC房 高校生が連れ立ってきている  PC房に一緒に行ったのは、信榮さんとその友達。彼は今はサンフランシスコを活動の拠点としている。お父さんの仕事の関係で東京に数年住んでいたことがあり、そのときは今の私の高円寺の家からわずかに数分のところに居たという話は既に紹介した。彼はそこからアメリカン・スクールに通っていた。

 実際にPC房に行って初めて分かったことがいくつもあった。なぜ韓国のPC房が主に住宅街にあって、しかもそこに若い連中が集まるか。実は、PC房で好んで行われているゲームは、リネージュ、ラクラなんとかなど家で一人でできるオンラインゲームではなく、何人かが隣同士になって一緒にやった方が楽しいゲームだった。star なんとかとか、いっぱいあった。で、そういう皆でやった方が楽しいゲームをしに、住宅街の高校生などが携帯で誘い合って来ているのだ。

 最近では、マンションの一室を占めるようなPC房もできているようだ。しかし、当然ながらそういうところでは、色々な問題が起きる。私が韓国の若者二人と行ったPC房は、全部で50台くらいコンピューターが並んでいた。使い始めた時から終わりになるまでの時間が計測される。そして、従量制で料金を支払う。そういう方式だった。韓国中のPC房がそういう料金体系かは知らないが。

 皆何をやっているかというと、大部分は戦闘ゲーム。いろいろなゲームがあって、ゲームにそれほど詳しくない小生には分からない。しかし、勝敗を競うものが多いことは、例外ではない。ま、姜さんの息子さんはプレステ2で家で時々やっているというので、韓国では誰もがPC房に来て遊んでいるわけではない。

 PC房に、一日に何時間もかじりついて家に帰らない若者も韓国では多いらしい。どこの社会でも、対象が何であれ依存症患者は出てくる。カジノでも同じ事。隣り合ってゲームをする趣味を失った私のような人間にはPC房は関係ない。しかし、ゲームをやりながら、気が向くと時々ノサモのHPを見ているような連中が、韓国では政治の流れを変えているような気がする。
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2002年6月のワールドカップの際とった韓国応援の女子学生  ソウルのこれまでの歓楽街といえば、ミョンドンだった。市庁舎の広場にも近く、ホテル・ロッテからも歩いて行ける。そもそも30年ほど前は漢川がソウルの市街の南の限界だった。

 しかし、その図式は漢川の南にASEMなどを機会に新しいビル街、そしてその下に地下街coex mall ができて、そこに新しいショップ、映画館、デパート(hyundai)などが集中的に集まったことにより、ソウルの街の様相は大きく変わってきた。具体的には、ソウルの街の南への重心の移動である。

 今までの繁華街ミョンドンに対しては、「古い、ダサイ街」の印象が強まっている。徐々にお金持ちは買い物の地域を漢川の南に移動を始めているのだ。実際のところ、ミョンドンはすでに狭い道と狭隘な店の重なり、それに街自体が古くなったことにより、その魅力を失いつつあるように私にも見えた。

  時間の経過とともに、瀟洒な店、ブランドショップは南に移り、さらに消費者も移った。こうしたなかで、北と新しい富の象徴となっている南との経済格差は大きくなっている。実際のところ、南の地域の教育水準、住宅価格、所得階層などは明らかに北を大きく上回りつつある。ソウル大学の学生の3割は南の出身だと言われるし、進学校が南にあることから、進学を狙う子息の親は、南に住居を移しつつある。(韓国では居住地域が行く学校を決めるから、良い学校に行こうと思ったら良い学校がある地域に移住するしかない)

 12月30日に両方(ミョンドンと漢川から南の、主に東南部分)に行ってみたが、その印象は「南の方が人々の所得が1割から2割方高いのではないか」というものだった。人々が着ているもの、所作、そして雰囲気が醸し出すものから判断してである。店の格も明らかに南の coex mall の方が高い。聞くところによると、この地方の住宅価格は非常に高騰しているという。ホンミョンボが買ったマンションが短期間に非常に値上がりして、それが社会問題となったこともあったという。韓国のお金持ちは、大体において不動産でお金持ちになったケースが多いという。

 世界の都市では普通は南が低所得者、北が高所得者の構図となる。ロンドンでも南米の都市でもだいたいがそうである。しかし、このソウルだけは違う。面白い点だ。北はソウルでは1時間も走れば38度線で、北への伸長に限界があるということかもしれないし、南に新しい街が経路依存的(APEC開催)にできたことに原因があるかもしれない。明らかにソウルの街の重心は南に移りつつある。南は道も広くて、クリスマスのイリュミネーションも明るかった。
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  ヨイドにある本来は中小企業の技術交換、情報交換、取引促進のためのドームが日曜日ということで中高生のコスプレに使われており、29日にそこに潜入した。すごい数の若者が、思い思いの漫画の主人公、ゲームの主人公に扮装して、気取って歩いている。

 出店もたくさん出ているのが特徴だ。何を売っているかというと、携帯ストラップであったり、バッジであったり。賞を争うというのではなく、主に高校生が漫画にでてくる主人公にコスチュームを変えてドームの中の出店を見たり、お互いに写真を撮って歩く集まりで、中に潜入したらなかなかおもしろかった。決まった服装をしている連中もいる。毎週日曜日に行われているのだという。

 一人の女子学生に聞いた。「何しているの....」。彼女の答えは一言。「コスプレ」と。「コスプレって costume play がつづまった日本語だっけ....」と思いながら会場を後にした。あとで「コスプレ」を調べたら、ネットには以下の解説があった。

 近頃では「コスプレイヤー」と呼ばれるカワイイ女の子たちが、アニメやゲームのキャラクターに変装してイベント会場に集まり、撮影会などをするのが一般的なコスプレ現象だという
  韓国ソウルの中心街ヨイドのドームでの高校生の集まりは、正にこれだった。
ycaster 2003/01/03)

2003年01月24日(金曜日)

 (12:51)とっても興味深いメールを小林さんから頂きました。紹介します。

 伊藤さん、ご無沙汰しています。ADLの小林です。

 今週前半、韓国でKT(世界最大のBBプロバイダ)やHanaro(韓国で2番手のBBプロバイダ)のマーケティング幹部と意見交換をしてきたのですが、席上、伊藤さんのレポート(上記掲載分)の内容を簡単に説明したところ、韓国の現状を極めて的確に捉えた見方だとの激賞を受けたことをご報告しておきます。

 加えて、のコメントとして、BB⇒ノムヒョン当選、の効果も然ることながら、逆の、つまり、ノムヒョンサイト⇒BBの効果も馬鹿にならなかったとの意見も有りました。つまり、伊藤さんご指摘の通り、彼のサイト自体が極めて魅力的なBBコンテンツだったこと、彼の支持層が大学生等の若者だったこと、から、彼のサイトにアクセスしない、或いはしても回線が鈍足で演説等のコンテンツを充分に見れない人は、仲間内の話題についていけず、いわゆるイジメにあったのだとか(韓国の方が「IJIME」とおっしゃったのが妙に可笑しかった。IJIMEも国際語なんでしょうか!?)。このため、昨年夏の時点で既に飽和とも言われた韓国BB市場が年末に向けて更に拡大(現段階で1000万を突破、1450万世帯の国でですよ)するエンジンの一つとして、このノムヒョンサイトが重要な役割を果たしたのだそうです。

 魅力的なBBコンテンツが無い・・・・故にBBの普及が進まない、などと米国人はかの地でのBBの環境を語っており、それを受け売りして日本の将来を語る“ではの守”も多くいるのですが、政治家のサイトがBBコンテンツの目玉として若者を捕えている韓国こそ日本が注目し、学ぶべき先なのかもしれません。高い視聴率を誇る伊藤さんのサイトがBBコンテンツを導入すると、YBBやFletsの加入者が増えるかもしれませんね!

  「ノムヒョンサイト⇒BBの効果」ね。あるでしょうね。あのサイトをきっちり能力いっぱいにみたいと思ったら、どうしてもBBが必要になる。そうか韓国の所帯数は人口4600万くらいですから、1450万。BB(ブロードバンド)が1000万からさらに増えるとしたら、相当高いBB比率になる。

 「伊藤さんのサイトがBBコンテンツを導入」から以下の部分はちょっと過大評価でしょう。大体著作権の問題があって、既存の音楽が使えない。それは検討したことがある。しかし、音を出そうとしたら、自分で音を作り必要がある。それは、ね。だからといって、音のないサイトは、なかなか大変です。

 しかし、小林さんtks。逆効果があったとは思わなかった。