Essay

<収録後記(8月11日)―Cyberchat>

放映日=8月11日(日)、テレビ東京朝9時から、日経サテライト午後5時

ゲスト=伊藤忠商事食糧部門主席アナリスト、江藤 隆司さん

江藤さんは二回目の出演だが、今回は7月の下旬に米中西部の穀物産地に出張して調査された直後のご出演。オハイオ、インディアナ、イリノイ、アイオワなどの生産地を3日間で全部で1952キロも走られ、かつトウモロコシ畑に分け入って実地調査されたとのこと。その時の写真も多く持ってこられ、テレビの画面にも登場した。

こうした調査の結果は、

  1. 成長の著しい遅れが目立つ
  2. 背丈の低いコーン畑が多い
  3. 大雨の後遺症が目立った

 などだという。写真の一枚については、私は「これは湖か」と思って聞いたのですが、それは実は大雨の後に水につかったトウモロコシ畑だと説明されてびっくり。

こうした成長の遅れが何をもたらすかといういと

  1. 旧穀在庫の食い潰し
  2. 霜害の確率の高まり
  3. 受粉期ずれ込みによる天候の影響

 などだという。1)は在庫の一段の減少につながり、世界的に穀物価格が一層不安定になることを意味する。2)は、いわゆる「killing frost」の危険性の高まり。この霜がくると、収穫は望めなくなってしまうという。いずれにせよ、世界最大の生産地では今までになかった事態が生じているのである。やや説明は微に入り、細に入りの感はあったものの、それだけに実体がかなり鮮明に伝わってきた。番組を見た私のメール友達からも、「超ミクロな話でしたが、現場の情報に裏打ちされた説得力があったように思います。たまには、こういう企画も面白いものだと思いました」という印象が寄せられた。

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  今回の特集は商品が専門の中山氏がある程度仕切ってくれて小生は前半のほとんどを聞き役に回ったが、その中で強くなったのは、「産地のアメリカがこういう状況だと、世界の穀物需給は今後かなり不安定になるのではないか」という印象。地球環境は明らかに大きく変化しつつあり、それが作物の生育に良い方向に向いているとは思えない。世界的に農地の砂漠化は進んでいるし、単位当たり収量の著しい改善も頭打ち傾向。最大の産地である米中西部を襲っている今年のような「天候不順」が今後繰り返されないと言う保証はなく、東アジアの新興市場では農地が減少し、逆に消費市場が育って輸入国に転換する国が増えている。

 いわゆる「新興市場問題」は深刻である。「中国を誰が養えるか」という発想だ。先週のニュースでは、ソ連が今年300万~400万トンの穀物の買い付けを再開するという。需要は増え、供給は頭打ち。価格の上昇で需要が落ちることをレーショニング(rationing)というが、こと食糧に関してはこのレーショニングは効かないのではないか、との見方もある。

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  しかし、この特集をやりながら一つ感じた「反省」は、世界の食糧問題を考えるときに、「新興国の需要増大」の方向に目が向き過ぎてはいなかったのか、というもの。つまり、われわれ既存大量消費地の人間にできることが忘れられていたのでは、という点。前例があります。例えばエネルギー。石油危機の時、先進国が一斉に「石油消費の抑制」に努力したとき、どのくらい世界の石油需給が緩和したか。つまり、石油にしろ、食料品にしろ、90年まで「先進国クラブ」を形成していたOECD加盟諸国の消費というのは、膨大なのです。そこで、例えば1割の消費削減をすれば、需給は著しく緩和する。

 ちょっと、「胸に手を当てて考えてみよう」と番組の最中に思いました。それがそのまま口にも出たのですが、家で食事をし、また外食したときに、結構食材を無駄にはしていないでしょうか。残し、それを捨てることを「豊かさ」の象徴と考える性向が残っていないと言えるでしょうか。

 何かと言えば、中国やインドが心の中でやり玉に上がります。「あんなに人が増えていて、どうするんだ」と。しかし考えて見れば、絶対的な輸入量は日本の方が圧倒的に多い。しかも自分の食生活を考えてみても、結構もったいない食材の使い方をしている。「余らす」ということです。あれをもっとうまく、上手に消費したら、世界の食料品需給はどのくらい緩和されるか。これは、一つ先進国に住む我々の問題です。新興国、人口急増国に何か言う前に、考えておかねばならない。

 もう一つ思ったのは、グローバルなアプローチです。今の世界では、水も、そして食糧も供給面で徐々に危険水準に接近している。ひょっとしたら、世界的紛争の火種になりかねない。そこで私が番組の中で紹介したのは、今年11月にFAO(国連食糧農業機関)がローマでの開催を計画している「世界食糧サミット」です。このサミットには、アメリカも「新たな支出を伴わない」との前提条件で賛成している。今までアメリカは、世界最大の“輸出国”として、この種の会議には乗り気でなかった。無論「核」に関する世界的な会議も必要です。しかし、「水」や「食糧」はそれこそ深刻な国家間の、地域間の紛争の種になりかねない。水を巡る争いは、日本のように「水」が豊かな国にもありました。ましてや、これからの世界ではです。

 江藤さんは、現地を回られた印象から「環境、人口、食糧の問題は深刻である」とおっしゃられました。そうだろうと思います。ただ単に、「価格高騰」の問題だけではない。こうした視点からも「食糧」は今後も取り上げたいテーマだと思いました。                                     (ycaster 96/08/11)