Essay

 銀行行動と規制枠組みの進化 Summarized Edition

~BIS信用リスク規制・市中協議に向けての視点~

池尾 和人 (慶應義塾大学経済学部)
永田 貴洋 (第一生命経済研究所総合研究部)

BIS規制の改定と市中協議

 4月21日、国際決済銀行(BIS)バーゼル銀行監督委員会は、信用リスク・モデルに関する現状と課題を分析する報告書を公表した。信用リスク・モデルは、先進的な銀行が異なる地域や業務ラインにまたがる信用リスクの計量化と集計を行う際に利用する、最新の手法である。本報告書では、規制上の所要自己資本の決定を含め、監督上及び規制上の目的での信用リスク・モデルの利用可能性についても検討している。

 バーゼル委員会の事務局長でありモデル・タスク・フォースの議長であるDaniele Nouy氏は、「当委員会は、主要な論点に対処する更なる努力を歓迎するとともに、今後の建設的な対話への金融業界の参加を期待する」と述べ、1999年10月1日までに、本報告書に関して、関心のあるすべての関係者に対してコメントを求めている。

 バーゼル銀行監督委員会は、このような規制の変更・導入にあたって、事前に関係者にコメントを求めるやりかた、いわゆる「市中協議」をこれまでも実施してきている。1997年末から自己資本規制は、銀行のトレーディング活動におけるマーケット・リスクをカバーするものになったのであるが、このマーケット・リスクを対象とするための自己資本合意の改定は、二度の市中協議を含む、市中銀行との激しい意見交換の末に実施されたものである。 

 このやり取りは、非常に興味深いものであったといえる。市中銀行における金融技術の高度化(リスク管理能力の向上)に伴って、“監督する側”と“監督される側”の関係が大きく変化してきた点を読みとることができるからである。

 概略は次の通りである。1993年4月、バーゼル銀行監督委員会は、当時課題とされていたマーケット・リスクについて「マーケット・リスク規制に関する市中協議案」を発表し、同年12月を期限として、パブリック・コメントを求める第1次市中協議を実施したが、この提案に対して、米国の有力行を中心に「リスクの測定手法があまりにも遅れたものであり、到底受け入れることはできない」として、猛烈な反論が寄せられた。ほぼ同時期にG30(世界30カ国の民間有識者からなる国際金融を主体とした啓蒙機関)が、デリバティブを中心とする先進的な「リスク管理ガイドライン」を公表したこともあり、その内容の“古さ”は際だっていた。

 1995年4月、バーゼル銀行監督委員会は、第一次市中協議における意見等を参考にして大幅な内容変更を加えた「マーケット・リスク規制に関する改訂市中協議案」を発表し、同年12月を期限とした第2次市中協議を実施した。この2次プロポーザルで注目されるのは、マーケット・リスク量の算出に当たり、“内部モデル・アプローチ”と“標準的アプローチ”の選択制が導入された点である。すなわち、一定の定性的・定量的基準を満たしていることについて監督当局の明示的承認を得た場合には、銀行はValue-at-Risk (VaR)の概念に基づく内部モデルを利用してマーケット・リスク量を算出することを認められる、というものである。

 内部モデル・アプローチが導入された理由として、2つの点が指摘できる。1つは銀行のリスク管理能力が以前に比べ格段に進歩していたことであり、いま1つは新しい規制に対応するために“リスク管理システム構築に関する二重投資”を行わなければならないことに対する、銀行側の抵抗が強かったことである。

 市中との意見交換を続けたのち、(結局、一次プロポーザルからは民間の意見を強く取り込む形で大きく変化した上で)BIS2次規制の枠組みはほぼ合意に至った。1996年1月に「マーケット・リスクを自己資本合意の対象に含めるための改定 」として公表後、約2年の準備期間を経て、98年から施行された。

課される規制と金融機関の対応行動のあり方

 われわれは、当局が課す規制に対する銀行の反応について、次のとおり類型化して捉えることができると考える。まず、最もプリミティヴな対応は、① Re-activeな行動(規制を受け入れる行動)である。当局が課してくる規制をそのまま(無批判的に)受け入れ、その枠組みに適合して行動することである。

 当局による監督・考査が十分機能し、個別銀行に対して当局がもつ情報が対等あるいは優位であった場合には、各銀行は規制に対して無条件に従わざるを得なかった。しかし、これまでみてきたように、銀行活動の高度化・複雑化が進行し、規制当局と銀行の間の情報の非対称性が拡大する中で、銀行が無条件に(当局の思惑に沿った形で)従っていくというケースは少なくなってきている。

 一方で、銀行はただ無条件に受け容れるだけではなく、規制の変化に促されて、新しい規制をfeed backする形で自身の行動を変化させる。これは、② Counter-activeな行動(規制へ対応した行動)といえる。初期の自己資本規制に対してオフ・バランスシート化で規制を逃れるケースなど、課された規制に対して抜け穴的行動(loop-hole behavior)を採ることがその具体例にあたる。また、規制の実質的な緩和を当局に陳情するといった行動もこれにあたる。

 これらは、いずれも合理的かつ合法的ではあるものの、当局から提示される規制の枠組みそのものを(直接的に)望ましい形に変化させるものではなく、その限りでは、やはり受動的、消極的な対応であると位置づけられる。この点との関連で注目されるのは、上述したBIS2次規制改訂のプロセスである。旧式な手法を規制に用いようとした当局に対する民間銀行の反発は、激しい意見交換を経て生産的な結果に結実し、民間銀行の主張に沿った形で内部モデル・アプローチが認定されるに至った。

 このプロセスにおける民間銀行の対応は、規制枠組みの変化の方向付けに能動的、積極的に働きかける(コミットする)ものであり、その意味で、③ Pre-emptiveな行動(規制の制定へ積極的に関与する行動)と位置づけることができる。こうした提示された規制を自身の行動へとfeed backするだけでなく、自ら課されることが望ましいと考える規制枠組みのあり方を積極的に提案し、当局に働きかけていくという(feed-forward的な)行動は、今後の金融機関による対応行動の模範になると考えられる。

国益と規制の枠組み

 さらに、いまやこの問題は、個別金融機関の行動にとどまらなくなってきている。金融のグローバル化が高度に進展した現在においては、金融規制の枠組みは一国内においてのみ考慮すればよいという状況ではなくなっている。国境を越えて活動する金融機関に対しては、BIS規制にみられる通り、国際的に統一された共通の規制が課される方向が揺るぎないものとなっている。

 ところが、銀行規制の枠組み(パラダイムのあり方)は、金融システムの健全性・安定性確保のみならず、その(イノベーションへの対応力も含めた)効率性や金融機関の競争力にも影響を及ぼすものである。米国の規制当局は、常に自国銀行業の健全性確保とともに競争力向上をうたっている。もし米国主導で21世紀型規制パラダイムが確立するならば、それは競争力の側面では、米国の銀行業に有利で(日本を含む)他国の銀行業には不利なものになりかねない。

 その意味で、規制の変化に受動的に対応するだけでなく、金融システムの健全性・安定性確保につながるとともに、競争上の優位性を得られるような規制枠組みのあり方を積極的に提案していくことは、国民経済全体の競争力という点からもきわめて重要であるといえる。すなわち、今回のBIS市中協議のような場において、望ましい規制のあり方を国際的に提起し、規制の枠組みの形成過程に積極的に関与していくことが、国益(national welfare)の観点からも、わが国の金融機関(および、わが国の規制当局)に強く求められていると考える。

以上