Essay

<朝鮮半島の北と南=2010年春>

 2010年の5月末から7月の間に北朝鮮と韓国の両方の国に関して、まとまった話を聞く機会がありました。私としてもこの南北に別れた半島のデータベースを新たにしました。北朝鮮にはまだ行ったことがないのですが(いつか行きたい)、韓国については過去何回も行っていて、文章も残してきた。ネットに残している分だと

 苦悩する韓国と盧武鉉政権
 2004年、浮揚感なき韓国経済
 2002年末の韓国(大統領選挙、ネット、そして人々の思い)-

 など。しかしはっと気がついたら最近は数年の間行っていない。「いかんな、行かないと」ですが、行けないので行っている人の話を聞きに行くのですが、そらが両方とも面白かった。

 そこで備忘のためには、北と南の話を一本にまとめて、ここに残しておきます。北朝鮮に関しては5月末に、韓国に関しては7月の初めに聞いて興味深かったものです。

 ―――――北朝鮮 その①―――――


2010年05月24日(月曜日)

 (22:43)午後は「北朝鮮の最新事情」に関する勉強会出席の為に日比谷に。二時間ほど。5月の初めに、ちょうど金正日総書記が訪中中に北朝鮮を訪れた日本人ジャーナリスト達の報告会があったため。

 北朝鮮には以前から私自身が行きたいと思っているのですが、なかなか行けない。使用前使用後を見たいのです。しょうがないので行った人の話でも聞こうと思って。行かれた方は6人で何回も行ったことのある人、今回が初めての方とばらけている。

 過去に何回も行ったことがある人は、「北朝鮮は変わった」「自分が行ってない8年の間に」と盛んに言う。何が変わったかというと、

  1. 平壌では交通量が増加(中古ベンツの増加、トロリーではない普通のバスの増加)
  2. マシンとしてのコンピューターとケイタイの増加
  3. 建設ブームで、特にレストランの増加
  4. 自転車が、特に地方では必須の交通手段になっていた
  5. 彼らが前回行った2000年の最初に比べれば、市民の表情は明るくなっている

 といった点。映像や写真も少し見せていただいたのですが、私は「これで多くなったのか」という意外感があった。しかし過去を知っている方々は「以前はほとんど走っていなかった」と。「それに比べれば」と言われて、まあそうなんでしょう。

 コンピューターは図書館の本の検索などで数多く使われているらしい。ただしインターネットにつながっているマシンはごく少数。大部分は閉じられたシステムの中で使用されているようだ。ケイタイは写真を見せてもらったが、裕福な家庭の子女だろうか、女子中学生とおぼしき子供達の一人が使っていた。もっとも、今北朝鮮で使われているケイタイ(非合法を除く)はわずかに10~12万台だそうだ。超貴重品。

 レストランについて言うと、初めて平壌にイタリアレストランが出来たのが話題だったとか。食べたら「スパゲッティは太くて緩くて首を傾げたが、ピザはいけてる」と。しかし、開いているのはレストランばかりで、デノミ後の混乱からか商店(モノを売る)が閉まっている店が多かったと。

 あと報告で面白かったのは、中国の人たちの北朝鮮観光の増加が著しいらしい。私も板門店を韓国サイドから見たことが二度ありますが、そのときは韓国側が賑やかで、北は建物に洗濯物が見えただけ。ところが、今は韓国側が閑散としているのに対して、北朝鮮側には数百人の中国人観光客がいて賑やかだとか。観光客を受け入れる商店では、中国の人民元紙幣が使われており、ユーロとともに歓迎される通貨の一番手。円は全く歓迎されなくなっていると。

 行かれた方は、いろいろな制約を受け入れて行ったらしい。1)日本から持って行ったケイタイは空港で没収、帰国の際返還 2)以前は無料で配られた各種パンフレットは、すべて有料になっていた 3)当然北朝鮮政府の役人が常に付いていて、行ける場所、見られる場所が非常に限られているーーなど。マーケットも見せてもらえなかった、と。

 一応の説明が終わってQ&Aの時間に入ったので、一番に質問しました。それは、北朝鮮がよく使い、日本のテレビでもよく登場する「2012年強盛大国とはいったいなんぞや」と思っていたので、その点に関して。返ってきた答えは予想外に詳しい数字を伴っていて面白かった。訪朝したジャーナリストの方々は、北朝鮮の責任ある人から次のような数字を明らかにされたというのです。

  1. 2007年の北朝鮮の国民一人当たりのGDPは638ドルだった
  2. 北朝鮮の同GDPが一番過去高かったのは1980年代の2530ドルだった
  3. 強盛大国のまずの目標は、国民一人当たりのGDPを80年代(2530ドル)に戻すことだ

 と。これは面白い発言、数字だと思いました。当然ながら今の北朝鮮の国民一人当たりGDPは世界の最貧国に近い。中国の5分の一、よって日本の五十分の一。あと数字で面白かったのは、「北朝鮮の人口は直近の数字で2005万人」というもの。私が以前覚えた北朝鮮の人口は2400万人だったので、それと比べれば400万人近くも減っている。

 「強盛大国」とはもっと具体的にはどうか。北朝鮮に行った一人のジャーナリストの方は、「彼の国では、白いご飯と白いスープが日常の目標」と。それも強盛大国の目標に入っているというのです。私は以前から、日本のマスコミが強盛大国をそのまま報じているのは誤解を招くと思っていたのですが、この説明でその思いを強くしました。つまり、「言葉の遊び」なのです。

 開放経済の失敗をデノミで調整しようとしている北朝鮮。これからどういう道を歩もうとしているのか。説明からは、「社会主義建設の維持と実利」ということのようです。つまり、失敗しているのに社会主義を諦めない。かつ、社会主義の実利を得ていく、と。まあわけわからない道を行くと言うことです。

 行かれた方々が最後に、これからのキーワードとして挙げられたのが「CNC」(Computerized Numerical Control」。「CNC」の大きな看板が市内の中心部に掲げられているそうで、それが後継者と見られている金正雲氏を意味しているらしい。「CNCの歌」というのも出来ているそうだ。彼はスイスに留学していたので、英語は出来る。コンピューターにも強いのか?

 コンピューターをうまく使おうということか。貧しい、行き詰まった国の再建の為に。まあネットもつながっていない今の状況では効果は薄いでしょう。もしかしたらネットで国を立て直した韓国を好例として見ているのかもしれない。おや、正雲氏は「雲」だから「クラウド好き」か。(笑)

 あそうそう、最後に訪朝した方々は北朝鮮の新しいウォンについて「0.9円程度」と為替レートを紹介してくれて、さらに「北朝鮮の方々の月給の平均は4000円程度」と言っていた。ベトナムの工場で働く20歳前後の女子の月給が8000円だから、北朝鮮の方々の月給はその二分の一。

 勉強になった二時間でした。夜はワシントン帰りの片山さんと3時間くらい話をしましたが、それはまた。

 ―――――北朝鮮 その②―――――


2010年05月26日(水曜日)

 (23:43)まず一つ思い出したことから。一昨日の北朝鮮情報に書き忘れたことがありました。それは、この国を訪問した日本のジャーナリス6人は、「(北朝鮮の)田舎にもソーラーパネルが張ってある家を見た」と言っていたことです。

 それがどういう経緯で張られていたのか、実際に稼働しているのかどうかなどは判らなかったそうです。何せ「なるべくバスから降ろさないようにする」という北朝鮮の態度があったので、肝心な場所では降りて実際に見ることが出来ない。

 あの国が今後どうなるかは全く判りません。何が本当で、どこまで本気なのか。ガソリンなど燃料がないから、本気で長期の戦争をする気はない。それは確かだが、今回のように数十人が死ぬくらいのことは平気でする。困った国です。

 世界の市場を見ると、私が昨日書いた状況が徐々に生まれているように思う。つまり、「底探し」です。もちろん市場の不安定は続きますよ。それを前提に、「しかしどこまでも下がる相場はない」と考えるなら、何時か底を探さねばならない。とすれば、その時期は接近しているかも知れないと思うわけです。

 あああ、それにしても楽しい予定というのはなぜ事前の予定とぶつかるのか。この文章を書き始めた頃に柯隆さん(富士通総研経済研究所)から電話があり、出たら絶対面白いだろうセミナーのメンバーに誘われたのに、丁度その時間は外せない仕事が。やだやだ。柯隆さん、また誘ってね。

 ―――――韓国の経済の現状と今後の見通しに関して―――――


2010年07月05日(月曜日)

 (23:55)先週の金曜日に、「韓国経済の実情~V字回復・FTA急展開などへの評価」と題するジェトロ・アジア経済研究所の奥田聡さん(地域研究センターの主任調査研究員)の講演を聞きました。私も韓国経済を注目してみているのですが、奥田さんの講演、それに続くQ&Aには違う視点や、私が気づいていなかった点も多く、面白いものでした。その主な要点を以下に残しておきます。

  • アジア通貨危機(1997年)からリーマン・ショックまでの韓国経済は、成長率は5%内外を維持し、日本などより良好なパフォーマンスを示していたが、これには「後発者の利益」(発展段階の遅い方が先に進んだ方より成長には有利)と「改革効果」(構造改革による不良企業の退出など)があり、この間に経済規模は拡大して国民一人当たりのGNI(国民総所得 2007年)は21695ドルと日本のほぼ半分に達した

  • リーマン・ショック後は二度(2008年秋、2009年3月)ほど「通貨危機説」が流れたが外債発行などで乗り切り、その後は韓国にとっての主要輸出先の中国の経済が強いまま推移したこと、政府のよる諸策(自動車買い換え支援、河川プロジェクトなど公共事業)、原油安による貿易黒字、ウォン安もあって2009年後半からはプラス成長になり、その後は回復が加速。設備投資と輸出が牽引

  • 今の韓国経済好調の背景には、世界的に韓国製品への評価が高まっていて、この結果韓国製品の中で一部は非価格競争力が高まっていること、その結果ドル建て価格の維持が可能になって韓国の輸出業者の手取りが増えていること、こうした中で韓国では雇用増を伴う回復が起きていて、賃金も回復傾向にあること、それによる内需増大が見られることなど

  • しかし雇用情勢の好転による収入増は依然限定的で、低所得者層の消費増は鈍く、一方で富裕層の消費は活発化(家具、住宅関連支出、自動車、旅行費など)しており、格差の芽は広がっている。つまり、内需の伸びにもばらつきが見られる

  • 韓国の産業地図を見ると、工学・精密が圧倒的に強く、具体的にはサムスン電子などのフラットディスプレーは世界的な競争力を持つ。2008年頃までの「安いから売れる」状況を脱しつつあり、これは世界からの対韓投資増加の背景になっている。一部の韓国製品の品質はかなり上がっている

  • 韓国が非価格、価格両面で競争力を持つ産業としては、自動車、船舶、情報通信機器、半導体などで、それに関わる韓国企業は現代自動車、サムスン電子、現代工業、LG電子など。また船舶は世界でもシェア1位で圧倒的な強さを誇る。情報通信機器では、ケイタイ電話などに強い非価格競争力を持つ。テレビも強い。その一方で、非価格競争力がないのは、機械、鉄鋼など。韓国の機械輸出はほとんどが途上国向けである

  • 当面の展望に関しては、6月30日の企画財政部の2010年下期見通しで、5.8%の成長を見込むが、6.0%の成長も可能との見方もある。そういう意味では、日本海を隔てているだけだが、発展段階の違いもあり今は韓国経済がrisingに見える

  • しかし、少し長い目で見ると韓国経済が抱える問題は深い。資本・中間財だけでなく、技術や人材まで「世界最適調達」に乗り出している結果、今の激動の時代にはそれが最適解であるにせよ、国内に技術や人材など重要な産業基盤が残らない危険性が出てきている。また重要部材を日本に依存しており、韓国経済が好調になればなるほど対日赤字が膨らむ構造は変わっていない

  • 韓国経済は日本や他の先進国が作ってきた製品をコモディティ化して敏速に(agile)、かつ大量に生産、世界に販売する方式で伸びてきたが、次に何をするのか、手がけるものがあるのか。「10年後に我々が作るモノはなくなる」というサムスン電子会長の言葉もある。韓国のグリーン産業の力は未知数である

  • 韓国経済は日本を反面教師的に追ってここまで来たが、日本が地盤沈下する中で韓国独自のビジネスモデルを構築できるのか。その点に関しては、今の韓国は「人口ボーナス」の渦中にあるが、日本より低い出生率の中で、また優秀な人材が海外流出したり、人材が一つの企業に望ましい滞留をしないことから、経済の発展を支える基盤を維持できるのか

  • 韓国では盧泰愚政権の1988年に国民年金制度がスタートしたが、高齢化の進展があまりにも急速なため2036年に給付(支出)が収入を上回り、2047年には積立資産が底をつく見通しになっていて、将来の破綻が懸念される状況であることなど将来不安が強い

  • サムスン依存(時価総額、企業利益、全輸出、貿易黒字などに占めるサムスンの異常なシェアの高さ 目の子2割)が強い韓国経済だが、最近サムスンの「自己完結」ぶりが目立ってきて、サムスン好調の恩恵が韓国経済に波及しない傾向が強まっている

  1. 今の韓国が北との統合を望んでいるという事実はないし、その準備もしていない。「統一のコスト」に対する見積もりは見方によって極端に違う。よって真剣には考えていない。実際に北朝鮮で何かが起きて破綻したときに、韓国が背負わなければ負荷は非常に大きく、当面は「一国二制度」的な対応しかないのではないか。よって、韓国経済に与える影響も不確定である

ycaster 2010/07/06)



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