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2008
09/16
Tue

2008年09月16日(火曜日) ポールソンの決意

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 (02:45)一眠りして起きて読んだウォール・ストリート・ジャーナルのUltimatum by Paulson Sparked Frantic Endという記事には、この週末にリーマン・ブラザーズに関して米政府財務省、FRB、そしてリーマン倒産で混乱に巻き込まれるウォール・ストリート各社首脳(銀行など)の間で緊迫した話し合いが行われた経緯が詳細に記述されている。今後も起きるであろう「各社別金融危機」に対するアメリカ政府の姿勢を見る上でも参考になる。

  1. ポールソンなどブッシュ政権の幹部の間では最初から「リーマン・ブラザーズを政府が救済することはない」、つまり「国家の公的資金を使うことはない」という方針は決まっていた
  2. 最初にリーマンの処理について財務省、FRB、そしてウォール街の幹部達(約30人の実力者)が会合を持ったのは金曜日12日の午後6時である。場所はニューヨーク連銀で、あの茶色と白の連銀のビルの周りは幹部を乗せてきたリムジンが週末を通じて集まり、時に動けない状態となって交通渋滞が起きた
  3. この冒頭から「リーマン救済には国家資金、公的資金は使わない」とのブッシュ政権の方針が伝えられた。「ウォール街が起こした問題はウォール街が解決すべきである」という考え方。「モラル・ハザードを再び引き起こしてはいけない」という考え方からだった(モラル・ハザード=特融や預金保険といったセーフティネットの存在により、金融機関の経営者、株主や預金者等が、経営や資産運用等における自己規律を失うこと)
  4. しかし最後まで残ったリーマンの買い手、バンカメとバークレイズともリーマン買収の条件として「公的資金の導入」を要求し、会議に参加していたウォール街のバンカーの間にも一部には「政府が最後の最後には公的支援を約束するのではないか」という印象を持つ参加者もいた
  5. 「政府資金は入れない」という前提で、金曜日の会合ではニューヨーク連銀のガイトナー総裁がリーマンに関して二つのあり得るシナリオを描いた。一つはリーマンの「秩序ある解体」、もう一つはウォール街の有力金融機関が資金を出し合ってリーマンの悪しき資産を別会社などに移し、優良資産が残ったリーマンを他の会社が買収しやすくする、という案。ポールソンは後者での意見統一を望んだ。「リーマンでは誰もがリスクに晒されているはずだ」と
  6. 金曜日の午後8時まで続いた会合では、ウォール街の幹部達は財務省やニューヨーク連銀の説明を聞き、質問をしただけで「各社が何をするのか」に関しては意見を述べなかった。この時点でリーマン買収に興味を抱いていたのはバンク・オブ・アメリカ(アメリカ)とバークレイズ(イギリス)の二社だった
  7. 翌朝、つまり13日土曜日の会合は午前9時からまたニューヨーク連銀の一室で始まった。二つのグループに分かれて会合を行い、一つはリーマン解体のシナリオで会合を行い、この会合に参加した各社がニューヨーク連銀から新しい融資制度(ベア・スターンズの救済合併の際に用意された)での借り入れを行い、その資金でリーマンの資産を買収することなども話し合われた
  8. もう一つのグループは単一の買い手を探すこととなり、候補はバンカメとバークレイズだったが、その場合でも両社が買いたいとしたのはリーマンの優良資産、例えば株式取引、アナリスト業務など。リーマンの悪しき資産850億ドルに関しては、銀行団が資金を出し合って「バッド・バンク(bad bank)」に移管し、悪しき資産がウォール街に流れ込まないようにすることなどが検討された
  9. しかし政府支援なしでのウォール街のリーマン救済案には、大きな無理があった。リーマンと取引があるという意味では、機関投資家、ヘッジファンド、それに海外投資家も救済に参加すべきだと会議参加者の意見もあったし、モルガン・スタンレーのジョン・マークCEOのように、「リーマンの次はメリルなどきりがなくなる」というもっともな意見も出た。政府が公的資金提供を拒否し続ける中で、「政府の公的資金が出るなら」という条件を譲らなかったバンカメが土曜日の昼までに買収交渉から撤退
  10. 午後5時には会合を終えた。政府と会合に参加した銀行家達の立場は大きく離れていた。交渉プロセスを「世界最大のポーカーゲーム」と称する人もいた。相手の手の内を互いに探っていたということだ。週明けの市場大混乱という展開が頭をよぎるだけに、「政府が救済に最後はウンというのでは」という期待は最後まであった
  11. リーマンの悪しき資産を集めたバッド・バンクを作るという構想は、土曜日の夜の間に消えた。ヘッジファンドであるLTCM危機(10年前)の時に比べて、ウォール街の各行の健全度がはるかに低く、共同対処する体力がなかったからだが、一部の銀行は週明けの市場混乱を予想して、バークレイズが買収するのであればそれを助けたいと支援を惜しまないという銀行もあった
  12. 日曜日、14日の朝。リーマン買収の唯一の候補として残ったのはバークレイズとなった。バークレイズは「一気にウォール街の有力証券会社、インベストメント・バンクになる」思惑があった。しかし唯一の買収可能性のある会社が外国企業ということで、アメリカ政府がリーマンに公的資金をつぎ込む可能性はさらに低下した。しかしその一方で、バークレイズは公的資金を欲しがったし、バークレイズは「最後は米政府は折れる」と踏んだ
  13. 「バークレイズによるリーマン買収」が決まりかけた、と思われるような時期もあった。バークレイズは、決定次第投資家やジャーナリストに配る文章まで用意したし、交渉成立を祝うためかニューヨーク連銀にはケーキ、クッキー、サンドイッチなどなどが持ち込まれもした
  14. しかし、バークレイズは最後は再び財務省やニューヨーク連銀と”些細な問題”(mundane matters)、具体的には「この取引を承諾するためには株主総会が必要になる」といったバークレイズ側要求などで最後の最後に行き詰まった。バークレイズはこの時点でも、「アメリカ政府による何らかの形の公的金融支援」を求めていた。対立は解消できず、バークレイズも日曜日の昼頃には買収から撤退。リーマンのチャプター11申請への道が敷かれた
 リーマン買収の思惑を持ったバンカメやバークレイズがどう考えたかは別問題として、この間一貫していたのは政府の態度だったと思われる。それは、「リーマンには公的資金を使わない」という方針である。交渉に参加した一人はウォール・ストリート・ジャーナルに対して、「政府は(公的資金導入を拒否することによって)火遊びをしている」と考えたそうだが、ゴールドマン・ザックスの会長だったポールソンの考え方は「支援拒否」で一貫していたようだ。それが「火遊びに」なろうとも、彼は一貫していたと見える。理由は
  1. (政府による民間企業救済という)著しく悪しき先例を残すことになり、他のウォール街の金融機関、さらに言えば他の業種が国の資金を求める先例になりかねない。既にデトロイトの米自動車業界は国に巨額の低利融資を求めている
  2. ポールソンはウォール街が彼を「救済に乗り出す男」と見なし始めているのに苛立っていた。ポールソンはリーマンの苦境は既に長く知られており、市場はそれに備える時間があったはずだ、と考えた
  3. 加えて、リーマン・ブラザーズはベア・スターンズが生き残りを賭けていたときにはなかったFRBの特別融資制度を使える環境にあった。環境が違うのだから、今回はベア救済方式を再び発動すべきではないと考えた
 結局「モラル・ハザード」の再現をここで、つまりリーマンで防ぎたかった、リーマンで線引きしたかったと言うことでしょう。突然死に見舞われそうになったベア・スターンズはJPモルガン・チェースに引っ付けたし(今年3月)、公的住宅金融企業のファニー・メイとフレディー・マックは救済した(一週間前)。しかし「そこまで」という姿勢。

 週明け15日のニューヨーク市場は、急落して寄り付き、一時はダウ平均で300ドル以上下げた後、200ドル安から300ドル安の間を比較的狭い範囲で浮動している。しかし引けまであと2時間以上あるので、今後の展開は読めない。為替は直後のドル急落による104円53銭前後からはドルが反発して105円台の後半(ニューヨーク時間の午後1時半)。

 リーマンの破綻を受けて、同様の危機にあると見られていたAIGの株価は急落。一方でバンカメに救われたメリル(一株当たり29ドル、総額500億ドルのバンカメによる買収劇)の株価は急騰とウォール街は再編の嵐の中にある。リーマンの従業員の中でも他に移れる人、業界から去る人。リーマンの過去1年間における株価の最高値は先週末に調べたら67ドルだった。それが紙屑になった。この激しさが「不安感」を呼ぶ

 米政府の選択が正しかったのかどうか。多分長期的には正しい。しかしウォール街型の金融システムの将来像や持続性は検討する必要があるし、今回の「モラル・ハザード回避の意志」は賞賛に値するとして、市場参加者が将来もこの蹉跌をきちんと思い起こすのかどうか。

 様々な問題を投げかけた週末の二日間でした。(それにしても、日本の新聞は明日はお休みですか......)

03:08
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