私が食べ歩いたお店の紹介
私伊藤洋一が全国津々浦々を食べ歩き、見つけたおススメのお店を紹介します。

再現・虎河豚の白子鍋

 この鍋に挑戦しよう、作ってみようと思ったきっかけは塩田丸男さんが書かれた「河豚本」でした。この本の最後の方に、河豚の白子鍋という珍しい、というか今まで聞いたことがない鍋が出てくる。鱈の白子鍋はネットを調べてもいくつか出てくるし、私も食べたことがある。しかし、虎河豚の白子鍋は食べたこともなかったし、ネットで調べてもない。鍋の中でしゃぶっと河豚皮

 しかし、かつてあったことは確かだし、この本によれば塩田さんの奥さんは食べている。その話をしばしばお邪魔している萬久満の戸田さんと話しをしていたのです。「どうやって作るんだろう」なんて話していたら、「じゃ作ろう...」という話になった。

 私の先輩である戸田さんも挑戦心旺盛、私も全日本鍋物研究会の自称・広報部長としては、「消えた鍋は作ろう、作り直そう」とむらむらしてきた。しかし、塩田さんの本にもどういう作り方をするのか、何と何を揃えるのかなどは全く書いてない。戸田さんも経験ゼロ。「俺だって、作ったことないよ....」と。それもそのはずで、どの本を調べても書いてない。想像の範囲を超えているのです。ま、トラフグの白子は今は高いですから。

 鍋だから私のサイドとしては、会開催に当たって人数を集めねばならない。私の友人には、そういう挑戦には多少のお金を支払うことに躊躇しない人が少なくない。で、私を含めて男性3人、女性3人で組閣しました。戸田さんは季節的に今しか調達できないトラフグ白子の調達と、鍋全体をどう構成するかの企画に入った。

 企画が出てきたのは実は2003年の末です。その段階で日にちを決め、恐縮ながらカウンターを占拠させて頂いた。参加者には「当日は鍋だから時間厳守」ときつくおたっし。しかし、初めての鍋を作るというのは、参加者を募った私にしてもそうだが、誰よりも今まで一回も作ったことのない戸田さんにとってはチャレンジだったのではないでしょうか。「これは一回試しておくよ...だって不安だもん...」と。そりゃそうだ。

 実施は2004年2月2日のゾロメ日でしたが、その前の週に私も店に行って二人で「どうしよう」と。戸田さんの発案は、まず「白子酒」をスターターにしよう、というアイデアだった。つまり白子を奇麗に、しかし繊細に濾して、出す直前にお酒と出会わせるのです。直前がよろしい。テストで飲んだときには口にざらつきが残って、「この程度かな...」と。使った河豚白子の膨大なこと

 あとは、鍋に行くまでの行程はなるべく短くしよう、と二人で話した。うまいしゃぶしゃぶも、その前の刺身など雑多な食料で口が死んでしまうケースが多い。そういうのが嫌いなのです。で、なるべくストレートに、と。つまり、フグ刺しなど定番はスキップする。戸田さんも同意してくれた。

  問題はトラフグの白子を”鍋”としてどうするかでした。鍋に溶け込まして白濁の鍋にするのか....。それで美味しくなるのか。戸田さんは長年の料理人としての勘から、「それはないだろう」と事前に判断。溶け込ませると、白子の味があまりにも鍋全体に拡散してしまう。彼が下した判断は、フグ刺しを厚めにしてしゃぶしゃぶ状態にすると同時に、白子も一定の大きさにカットして、それを煮え立った鍋の中に入れ、熱が通ったところで出してポン酢などで食べる、というものでした。私はその段階では「そうですね」と曖昧。まだイメージがはっきりと沸かなかったのです。
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  さて当日。2004年2月2日月曜日。恐らく日本でこれを食べたことは極少数であろう「トラフグ白子鍋」への挑戦の日です。左から座った順で時澤、岩倉、松田、三浦、伊藤、吉田のメンバー6人(後に渡邊が参加)が揃ったところで、予定通り「白子酒」を出して貰った。キッチンの安藤さんのご努力もあって、これが前週の木曜日に飲んだものとは格段のレベルアップ。舌にざらつきを全く感じない完璧なまろやかさ。まずこれに一同感服。

 その前後にほんの少しだけ突き出し的にゴリやフグ以外の刺身を少量食べておなかのウェークアップをしたあと、直ちに鍋に突入です。厚めに切ったフグ刺しのしゃぶしゃぶでスタート。これが美味でした。ポン酢につけて。これはその後私が出した発想ですが、ごまだれもいいな、と試したらこれが良かった。

戸田さんの腕裁き・白子は薄目切りがよろし  いよいよトラフグ白子の鍋入れです。最初多少厚めに切って鍋に入れ、熱が通るか通らない段階で上げて食べた。分かったことは、火が通った方がうまい、ということです。中が冷たいうちはダメです。火が通れば、白子は舌の上でとろける。しばらくやって更に分かったことは、白子はある程度薄く切ると、鍋に入れて、それを上げて食べる状況で最高の舌触りになる、ということです。これは美味だった。

 もともと美味しいものですから、それに熱が通ってどうなるかと言うと、真っ白に変色する。入れる前はピンクがかかっているが、それが真っ白になるのです。それが舌の上でとろけるサマはまさに天国の食べ物といった風情です。あんな白い、肌ざわりの良い食べ物はない。

 女性メンバーには、特に好評でした。「お肌が....」と。さらに、フグの皮をしばらく鍋に入れると、白い皮が透明のゼラチンそのものになる。これがまた美味なのです。ここでまた「お肌が...」との期待感の高まり。実際翌日の女性参加メンバーのお肌は、ピチピチになったそうな...。伝聞ですが。

 河豚の皮を鍋に入れるのは、徳山などがやっている「皮しゃぶ」の発想に近いものがある。で、私からはごまだれの発想が出てきたのですが、これがまた合うのです。

 鍋は時々春菊で口を直すのがコツです。春菊は入れたらほんの少し鍋の中で遊ばせて、それで食べるのがよろしいようで。全員がおいしさを表す数々の言葉の連発。しかしある程度鍋も進んだところで、口が変化を欲しがったところでもあり、また新しいものを食べたときの常で「知っている食べ物への回帰願望」も出てきたところで、、賢くも戸田さんが白子の焼き、フグの唐揚げを出してくれたときにはやはり嬉しかった。ここまで来ると、♪(/゜゜)/ ̄ハィ♪仕上がり....です。
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  鍋の締めは、うどん、雑炊です。6人で鍋は二つ用フグ刺しより厚めで、これを鍋に入れて直ぐに食す意しましたから、片方で稲庭うどんを入れてうどんに。もう一方は、白子雑炊(白子たっぷりの雑炊)に。私が思いついて主張したのは、フグの皮のゼラチンがベースに溶け込むほど少し煮込もう、ということでした。ですから、少し鍋の中味が皮以外なくなった段階でも沸騰させたのです。その上で、うどんと雑炊を作った。

 これは秀逸でした。締めとしては最高。みなみな大満足です。フグの白子はそもそも高いが故に、肝心のフグ専門店でも少量しか出てこない。6人で食べるのに今回戸田さんに入手して頂いた白子は2キロでした。最高の品を、良い問屋を通して。戸田さんにはご苦労をおかけしました。ありがとうございました。

 食事が終わったのは10時近くだったですかね。心残りは三つかな。それは以下の点です。

  1. 白子は最初から薄めに包丁を入れれば良かった。しかも均一に(食べ心地がめっちゃ良い)
  2. 白子酒は二杯くらいが欲しい(今回は一人一杯でした)
  3. 厚めフグ刺しのしゃぶしゃぶは、タレとして最初からごまだれを用意すべきだった
  などです。あとは思い残すことなしです。

 私は「良い料理は芸術」だと思っているのです。想像・創造力、それを現実の作品にしていく、流れるような作業。そして、皿への盛りつけと調和。食べ物から出る心地よい香り。良い料理は、繰り返しますが芸術です。

 今回の戸田さんの努力、それにキッチンの方々に対しては、最後に全員で「大拍手」を送りました。ついでに「アンコール」と。hahaha、そりゃむりですわな。しかし思ったのは、今あるメニューを食べるのも良いが、発想しながら、創造しながら新しい料理を作るのはなんと素晴らしいことかと。

 高いものでなくても良いのです。腕のよい料理人がいれば、食べ手の大部分の要望は満たしてくれるし、それがまた作る人の喜びでもあると私は勝手に思っているのです。では我々は戸田さんに目の飛び出すような代金を払ったのか。そうではないのです。「(それでも)十分儲かってます」(戸田さん)と。

 彼は加えて非常に興味深いことを言った。「ということは、冬の季節商品だということで、普通の河豚屋さんがいかに高い値段を提示してるかだよね....」と。そうなんでしょうね。日にちと人数を決めて、店側がそれに従って仕入れをすれば、虎河豚の白子と言えども、そんな手に負えないような値段にはならないのです。

 戸田さんも今回の会を、「面白い」「面白かった」と言ってくださった。ナイスなトライ。またこういう機会を作って、新しい鍋に挑戦したいと思います。改めて、戸田さんありがとうございました。
                            (2004年2月04日記)